ファラオ対プリキュアごっこ

わたしの知人に、久しくエジプトで仕事をしている日本人がいる。毎年休みになると、子供を親に見せるために帰ってくる。わたしも毎年この知人の家に遊びに行くのだが、その時には必ず知人の娘のひとりの相手をすることになっている。彼女は現地で学ぶアラビア語とともに日本語もしっかり解するし、コミュニケーション自体は難しいことではない。放っておいても、しばらくはテレビを見ている。しかし小学生のありあまる活力というのは今昔を問わず大変なものであり、彼女はテレビに飽きると「プリキュアごっこ」をやろうと必ず要求してくる。どこからかゴングが鳴る音が聞こえる。わたしは日本のアニメーションの「プリキュア」シリーズに関してはまったく見たことがない。しかしこの娘の行動から察するに、作品のヒロインたちは四つんばいにさせた相手の尻にしこたま蹴りを食わせているらしい。エジプトのテレビでは「プリキュア」というタイトルで『キックの鬼』を放送していたのではと疑ってしまうくらいである。この知人には毎年、その折々のエジプトがどんな状況なのか色々教えてもらっていたはずなのだが、残念ながら覚えているのは臀部の痛みだけである。


そんな「プリキュア」を育てている知人に、わたしは1月末ごろにメールを送っていた。むろん主題は、かの地におけるホスニー・ムバラクとその一派に対抗する大衆運動の激化について、および彼らの安否確認である。ところがちょうどわたしが送信する直前に、エジプトのインターネットが遮断されたという話が飛び交った。確かに、知人の関連しているサイトの更新もストップしている。そして電話連絡がうまくいかない。そんなこんなで周りでは混乱が起き、個人的なことを言えば当「手帖」の更新にもまったく手がつかない状況であった。向こうからの返信が来たのは、ようやく2月下旬に入ってのことである――自分たちは無事。ムバラク退陣をまずは歓迎したい。混乱は1月末からの一週間がピークだったと思うが、市中安全や物資配給などのための自治的共同体が急速に立ち上がった。少なくとも住居の近辺は、2月の2週目(7日以降)に入ってからは一定の平穏が回復。しかしすでに日本人観光客はみんな逃亡してしまった。当座は仕事になりそうにない。ならいっそのこと――というわけで、知人は家族を引き連れ地中海の向こう岸に飛び出してしまい、肝心のムバラク退陣の際にはカイロにいなかったそうである。ある意味では歴史的瞬間を目撃するチャンスを逃して大変もったいなかったとも言えようが、それは命があってのことでもあるから、まずは彼らの無事を寿ぐべきであろう(注)。


ところでわが知人は、メールの中で「自分は、今までエジプト人を見下していたのかもしれない」という趣旨の告白をしていた。すなわち、一般的な「エジプト気質」としては、自発性がない、言い訳が多い、働かないウンヌンというものがあり、しかしそれも「国民性」であり、それをも受け止めて彼らを愛するのがよいことだ、と思っていたそうである。だが、彼らはついに立ち上がったのだ。エジプト人はやる時はやるし、その能力があるということが今さらながら分かった。ここで知人は改めて「エジプトに骨を埋める決心」を固めたのだという。日埃のかけはしになろうというその志は大変よいものであり、微力ながら協力したくはある。


ただし、わたしが同時に思ったのは、エジプト人がこのたび「民主化運動」あるいは「革命」を起こす偉大な力を世界に誇示したとなれば、今後わが知人のように何らかの形でエジプトに尽くしたいと考える「我々」が、逆に彼らの偉大さにふさわしい存在かどうかが問われてくるということである。確かに「我々」は、知人にとってのかつてのエジプト人と違い、自ら進んで、文句も言わず、ひたすら労働するという一種の美徳を有しているのかも知れない。しかしこのような「我々」の「国民性」は、知人がこのたびエジプトで見聞したような、自分たちで「民主化運動」をする能力、または「革命」を実行する能力とは、おそらく何の関係もない。エジプトでムバラク氏が政権を担当し、ファラオのごとくかの国を治めるようになったのはおよそ30年前のことだが、むしろ「我々」にとってのこの30年は、自分たちもまた何らかのファラオをいただいているという自己認識をただただ放棄していく過程だったのではないだろうか。そうすると今さら「我々」は、エジプト人の真価を「発見」しそれを承認するだけではすまないのである。ともあれ知人には、「革命的」になったエジプト人にふさわしくあって欲しいと思う。「お前もエジプトにはいらない」と、ムバラク氏を蹴り出したプリキュアキックが飛んでこないように。





(注):言っておくと、わたしはある種の「安全確認屋」ないしは「便利確認屋」を好むものではない。すなわち、海外旅行や滞在で何か困ったことに巻き込まれたという、それ自体は貴重な経験をブログやツィッターといった媒体で書く人がいると、「大変でしたね」といった同情の域を超え、「やっぱり日本って安全で/便利でいいですよね」とやたら確認したがる連中がどこからともなく出現するという例の問題だが、この連中が親類や知人でもない見知らぬ他人に、何故いちいちこの種の「確認」をしたがるのかは謎である。確認屋とは別に「教えたがり」もいる。こちらは、書き記された経験に対し「それにはこういうわけがありまして」とありがたい「解説」をしてくれるのだが、それらの知的根拠はというと、民族的偏見にまみれた似非民族学、社会性の欠如した似非社会学、政治的反動の練り込まれた似非政治学である。しかしこういった意見もどきの切れっぱしに対し、書き手の多くはまことに素朴にも、もしくは不毛な敵対関係に陥ることを恐れて、「そうですね」などと返答をしてしまうので、電子メディアを通じた個人経験の共有と相互の知的発展とは程遠い、「我々」の一体性と全体性の点検サイクルだけが完結していくことになる。

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国語に弱い人と歴史に弱い人

わたしは漢字に弱い。当『博愛手帖』に先ほど書きこんだ文章について、即座に諸君のうちでも賢明な何人かから「“上意下達”が“上位下達”になっている」および「“佐藤優”は“佐藤勝”じゃありません」という二点の指摘を受けた。これでは国語のテストも赤点、麻生太郎とともに漢字書き取りドリルを居残りでさせられそうな体たらくである。だから誰にもバレないよう、こっそり書き直しをしておいた。


しかし「我々」の麻生首相が醜悪だとすれば、漢字を知らないところにあるのではない。じゃあ何からその醜悪が発生するかと言えばまぁいろいろあるのだが、まず挙げられるのは歴史的事象への無知からだろうか? なにしろ、いわゆる十五年戦争期にとてつもない日本軍が東アジアで繰り広げたとてつもない出来事を知らないし、当時麻生家が誰をとてつもなくコキ使ってどれくらいとてつもなく儲けたのかについても知らないのである。無論知っていてトボけているという説もあるが、何にせよ歴史について無知なり無理解なりを示すという事は、漢字を知らないよりも、「我々」以外と付き合う際にはよほど問題になるという当たり前の話が忘れられている。わたしも前回の文章において、「世界恐慌をきっかけにドイツ共産党は一気に議会に進出し」と書いたが、手元の資料集を眺めると厳密にはそうではない(1928年の時点で議会占有率は10%以上だった)。ここも訂正しておいた。やはり首相とともに、とてつもない補習をせねばなるまいか?