日韓における「学術ロンダリング」

以前わたしは、マキシミリアン・フォートのリビア戦争についての著作を紹介した際、虚偽の情報が情報産業やソーシャル・メディアにおいて相互かつ無批判に転送されていくことで、あたかも真実であるかのようにとらえられていくという、「引用のキャッチボールを通じた疑似情報のロンダリング」が起こっていることについて述べたことがある。マネー・ロンダリングという言葉があるから、「情報ロンダリング」という表現も成立するかもしれないと使ってみたものであるが、最近では学術の世界においても似たような現象が見受けられる。情報産業やソーシャル・メディアを通じて、まがい物が大層なものとして流通していくという点では同じであるが、学術というものそれ自体が高い権威を背負っており、権威を補強する数多くの公的な賞も存在していることから、まがい物の「研究」によって虚偽が定着していくとなれば、単純な「情報ロンダリング」以上の悪影響をもたらす可能性が高い――日本で「アジア・太平洋賞」の特別賞、および「石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞」の「文化貢献部門」の大賞を受賞したものの、出身の韓国では「ナヌムの家」で暮らす女性たちから民事告訴を受け、つい先日は韓国の検察からも刑事告訴を受けたことで再び話題となった、朴裕河『帝国の慰安婦 植民地支配と記憶の闘い』(朝日新聞出版、2014年)などは、おそらくその一典型であろう。


韓国検察の告発に反対する、日本からの54人の声明の署名者には政治家や作家もいるが、中心になっているのは学者である。なるほど、官憲に学術の良し悪しをゆだねるべからずというのはその通りである。しかしそれとは別に、朴氏の「研究」に対しては人文系の研究者や一般読者の側から、多くの批判がすでに出ている。歴史学の雑誌論文もあるが、ウェブ上で見られるものの中では、「歴史修正主義とレイシズムを考える」および「日朝国交「正常化」と植民地支配責任」に掲載されている関連記事が非常に参考になった。両サイトのそれぞれの検証で明らかになる、朴氏の著述における解釈の浅薄さ、資料批判のいい加減さ、論旨の非論理性といったものの数々は、文字通り眩暈を読者にもたらす。頭の先から尻尾まで、というとタイ焼きの餡のようだが、詰まっているのは誤謬ばかりであるからうれしくともなんともない。彼女の著作への批判的指摘の中で、わたしが一番愕然とさせられたのは、彼女の著書の起論の部分における写真の使い方についてである。「慰安婦」問題についての先駆的ジャーナリストであった千田夏光の本から、朴氏は「中国人からさげすまれる、和服・日本髪の朝鮮人慰安婦」の写真を取り上げ、書籍全体のモティーフにしようとしている。しかし「歴史修正主義とレイシズムを考える」の指摘によると、ここで朴氏は「別々の2枚の写真」についての千田の説明を「1枚のもの」として扱っている。それだけではなく、千田の本においてはそもそも、写真に写っている女性が「朝鮮人である」と特定されていないという。千田の著書では「朝鮮人」と限定されていない和装の女性の来歴を朴氏が自分で調べて、そこに映っているのが実は朝鮮人女性であったことを立証しようとしているわけではない。こういう写真の使い方をしていいなら、どんな手前勝手な空想も許されることになる。


ある古典的な写真論は、1956年のハンガリーで撮られた一枚の写真を取り上げ、それを「ハンガリーに侵入したソ連軍の戦車が市民を抑圧する」とするか、「ハンガリー政府の要請を受けたソ連軍が暴徒から市民を擁護する」とするかで、その意味合いが180度変わってしまうという事例を取り上げることで、写真に付されるキャプションの決定的な重要性について述べているが(注1)、朴氏の場合、ことは写真史ないしは美術史といった領域の問題ではなく、あらゆる歴史著述において、こんないい加減なイメージやそのキャプションの扱い方などありえないのではないかということである。。「慰安婦」にならんで大日本帝国の戦争犯罪として問題化される、南京虐殺の蛮行を検討する研究書があったとして、そこで何らかのドキュメンタリー的な意味を有する写真について「誤り」が指摘された場合、どのようなフレームアップがなされるかを考えただけでも、いかに彼女に対する擁護の質が異様かと思ったものである。


朴氏個人の発言の中にも驚くべきものはいろいろ見つかるが、それらからも一つだけ挙げておこう。彼女は「アジア・太平洋賞」特別賞の受賞の際、在日朝鮮人の学者による批判について、「大賞ではない理由がそこにあるのかどうかはまだわからない」と自身の「フェイスブック」のページに書いたそうである。これには腰が抜けそうになった。世の中には様々な学術の大賞があり、そうした大賞に付随する次点的な賞や残念賞の類もまた多数存在している。しかし、後者に属する何かを受賞する際において、「私の研究は本来大賞を取って当然なのだが」とでも言いたげに受賞者自ら吹聴するという光景を、諸君はこれまでに見たことがあるだろうか? もしそのようなことを本気で思っていたとしても、普通はそれを表には出さないであろう。何も知らない第三者がそんな発言を見たら、「何て傲慢な奴だ」「自意識過剰も甚だしい」と思われるのではないかという、常識的な推測ないしは狡知が働くからである。さらにこうした発言は、審査員の側から「次に大賞をあげるのは君だ」という密約でもあったかのように読めてしまうという意味でもまずいのではないか。今年9月、佐藤春夫に太宰治が芥川賞を懇願する内容の手紙が発見された(太宰のこの手の情けない書簡は10年周期で発掘されているような気がするのだが、それはさておき)というニュースがあったが、彼女の受賞に際してもそうした「文壇政治」的なやりとりがあったのではないかと疑わせるものであろう。


日本からの54人の声明の署名者に、たとえば中島岳志と馬場公彦の名前が出てくるのには、岩波茂雄についての非学問的極まりない本の著者と編集者であるから、さもありなんという感想しかない。しかし一方、岩崎稔とか本橋哲也とか、明らかに左派的立場にありそうした本の翻訳でも知られる人物の名も見受けられる。この辺りからは、もう一つ想起される話がある。ホロコースト否定論的な言説によってフランスのリヨン大学を罷免されたロベール・フォリソンが1980年に出版した著作に、かのノーム・チョムスキーの手による「言論の自由」を主張した一文が「序文」として掲載されたことが、米仏の知識人界で大問題となった、いわゆる「フォリソン事件」である。弁明を求められたチョムスキー氏は、自分はフォリソンの著作の内容については一切言及していないし、むしろフォリソンやフォリソンの批判者たちの両方について「何を書いているかよく知らない」といった発言をして、さらなる物議を醸した。


この「フォリソン事件」は、「チョムスキーの過ち」を論難したい反動的諸勢力によって、彼による「ポル・ポトの擁護」とならんで昔から何度も利用されてきたものである。後者は、1980年前後の「ポル・ポト派のカンボジア国民の虐殺は人類に対する犯罪」といった種の弾劾に対する彼の応答から生まれたものであるが、実際の彼の「擁護」は「西側の植民地主義の問題をも視野に入れよ」という内容しか持っていない。すなわち、ポル・ポト派の恐怖政治だけがピックアップされる一方、同じ東南アジアの東ティモールの状況などがまったく無視されるのはおかしい。同時に、ヴェトナムに対する規模にも劣らない米軍の激しい空爆で多くのカンボジア人民が殺害され、その国土もすでに破壊されていたことは忘れてはならないし、そうした軍事介入によって、王統派にせよ各種左翼にせよポル・ポト派以外の勢力が権力を保持ないし奪取する可能性が次々と消されていったのだ――こうした彼の主張は、恐るべき事件を理解するための一定のパースペクティヴを与えると同時に、単なる左翼嫌悪ならびに個人や集団の「狂気」の問題に話題を収縮させないという意味でも、検討に値するものである。


しかし「フォリソン事件」の方に関しては、今振り返ってもチョムスキー氏の側にも明らかな問題があったとわたしは考えている。困惑を覚えさせられるのは、彼の「読んでいないが」擁護するという発言である。なぜならそれは、何らかの問題の専門家・知識人ではない労働者/市民も、一定の情報・資料を収集しそこから論理的推測を働かせるという条件において、悪しき体制に奉仕する専門家・知識人の虚偽言説を暴露できるし、そうしたことから社会の公論は築かれるべきであるという、彼の日常の主張にそぐわないものであったからである。1980年前後のチョムスキー氏が「ポル・ポトの擁護」を含めて、「チョムスキーつぶし」を目的とした誹謗を広く受けていたのは事実であるが、こと「フォリソン事件」における彼の一連の振る舞いは擁護しがたいものであるし、「読んではいないが」は確かに失言であったと思われる(注2)。


ただし、チョムスキー氏の「序文」は、「20世紀のフランス文学と原典批判において尊敬を受けている」教授などとフォリソンを紹介しているものの、ユダヤ人虐殺をテーマとするフォリソンの著作の内容の評価には、確かに踏み込んでいなかった。そのため、彼はひとまず「言論の自由」のみを問題にしているのだと言われれば、純粋な理屈としては一応成立している。もちろん彼の名声をもってして「序文」を書くこと自体が、フォリソンへの「評価」を示すと捉えられうるし、実際そうした批判を受けた際、「読んではいないが」という無責任にとらえられても仕方がない応答をしたことにより、反動勢力のみならず思いもよらぬ側からも(正当にも)再反撃を受けることになったわけである。しかるに、アメリカおよびNATO諸国の軍事外交をチョムスキー氏なみに強靭に弾劾することもないこの54人は、声明文の中で朴氏の作品の内容にまで踏み込み、その価値をしごく高いものとして評価している。「「従軍慰安婦問題」について一面的な見方を排し、その多様性を示すことで事態の複雑さと背景の奥行きをとらえ、真の解決の可能性を探ろうという強いメッセージが込められていたと判断する」、「「帝国主義による女性蔑視」と「植民地支配がもたらした差別」の両面を掘り下げ、これまでの論議に深みを与えました」といった声明文の箇所は、はっきり朴氏の著作の内容を保証していると見てよいだろう。


とすると彼らは、ウェブならびに歴史学の専門誌上で大量に問題にされている朴氏の著述内容の各部分について、それらの多くが(主要なものだけでよいので)誤りでないことを――日韓の「和解のために」なるマジックワードに頼らず――彼らなりに立証する義務が生じるのではないか。35年前のチョムスキー氏とは違って、著作の内容について触れているこちらの54人は、「学問の自由」を享受している人々として、朴氏の著作を読んでいなくてはならない。ただ、これだけの誤りの可能性が指摘されている著作を、全員が全員きちんと読んだ上でそのまま肯定しているとは思われない。「読んではいないが」より「読んでいたフリをしていましたが、実は読んではいませんでした」と後から言いだす方がヒドいとは思うが、彼らの中で「読んでいたフリ」の人がいたら、早いところ告白したほうがいい。批判者たちのブログを読めば、かの本の「学問性」を立証する方が、よほど作業としては大変になることは明らかだからである。


もちろん、一般的な労働者/市民よりは相対的に多くの読書時間を持ちうる人種とて、どんな本でも読書百遍とはいかないことくらいは想像できる。流し読みで自分の関心のある部分だけを拾ってしまい、著作全体に通底する非論理性を見逃したということはあるだろう(かの著作の批判者たちはいずれも、そうした読まれ方を安易にされやすいところも問題なのだと指摘しているのだが)。ゆえにか、声明文では「同書の日本版はこの秋、日本で「アジア太平洋賞」の特別賞と、「石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞」を相次いで受賞しました」とわざわざ強調することによって、「学問性」について裏書きしているのである。私たちは何か見逃しているかもしれないが、二つも賞が与えられたのだからまさか間違いもあるまい、ということだ。彼らの声明文は、二つの賞に加えて、朴氏の「学問性」にさらなるお墨付けを与えることになる。そしてそれを受けた韓国における朴氏の(おそらくは素朴な)支持者たちの方でも、「日本で賞を受けている」ことと合わせて、「日本の(進歩的?)知識人が支持している」ことをもって朴氏を擁護する根拠にすることが出来るようになった。ここまで来れば、彼女の著作の内容を再検討する必要もなく、「日韓の連帯」のアーチもつくられメデタシメデタシということか。しかし記念碑であれ建築物であれ、ボロボロな土台の上に堅固なものが建つことはありえない。実際に朴氏を通じて日韓の間でつくられつつあるのは、両国の労働者/市民の友好の礎などではなく、「リベラル」ないしは「左派」として定評のある学者が中心となった、大がかりな「学術ロンダリング」のための国際シンジケートに他ならないのである(注3)。





(注1):ジゼル・フロイント『写真と社会』(佐復秀樹訳、御茶の水書房、1986年)


(注2):「フォリソン事件」の際のチョムスキー氏への批判としては、ピエール・ヴィダル=ナケ『記憶の暗殺者たち』(石田靖夫訳、人文書院、1995年)、松浦寛『ユダヤ陰謀説の正体』(ちくま新書、1999年)を参照。逆にチョムスキー氏の応答を擁護するものとしては、ロバート・バースキー『ノーム・チョムスキー 人と学問』(土屋俊・土屋希和子訳、産業図書、1998年)という伝記があるものの、こちらは訳者陣が自ら「評伝である以上、チョムスキー自身の言葉以外からの裏付けが必要であったと思われる」、「原著者がややもすればチョムスキー礼賛に終始することもあり」などと漏らすほど聖人伝的色彩が濃い。わたしは「フォリソン事件」があっても、チョムスキー氏から学べることはいくらでもあると考えるし、「弘法にも筆の誤り」的現象として理解しているのだが、彼の信奉者にとってはそうはいかないようである。


(注3):と、比喩的に書いていたところ、『毎日新聞』のウェブ版に2015年12月3日づけで掲載された朴氏へのインタヴューによれば、彼女の方ではむしろ、韓国で自分が起訴されている背景には在日朝鮮人によるシンジケートが動いているのだと思っているらしい。そのうち「コミンテルンの陰謀」とか真面目に言いだすのではなかろうかと心配になる。




スポンサーサイト

今度は「NATO文学賞」か?

※注記--もともとこの記事は1月下旬に書き始められ、2月初頭には完成しかかっていたものであるが、データの入った記録機器の一部が故障したために、そのまま放置されていたものである。まったくもって最新の話題ではなくて申し訳ないが、リビアに対するNATO介入=空爆から2周年が経過したこと、さらにはシリアの内戦がいまだ終わっていないことを改めて想起するためもあり、最小限の加筆の上、遅ればせながら以下に掲載する。


ところで、本日は2003年のイラク戦争開戦から10周年ということで、平和運動の一部では「あの不当な戦争を改めて回顧しよう」という動きがあったようなのだが、彼らの界隈ではなぜかリビアについての発言がほとんど聞かれない。こうした人々が、シリアについては言及しているのはたまに見かける(ただし「大国間の政治に翻弄されている」といった抽象的な「憂慮」でフラフラしているだけで、反戦運動の主体性はどこに行ったのかというレヴェルに留まっている)ものの、本当にリビアについての回顧はまれである。理由としては、
1)リビアの問題は、イラク戦争とまったく違う、素晴らしい「アラブの春」の民衆革命だと今も思っている。
2)リビアの問題の裏側について、実はなんとなく認識しつつあるのだが、いまさら「自分が考え違いをしていた」とは恥ずかしくて言えない。

あたりであろうとわたしは推察する。1)だとすれば、のべ2万回とも言われたNATOによるリビアへの空爆と「民衆革命」はどう関係するのか、じゃあイラクへのアメリカの空爆も「民衆革命」を助けたのではと言いたくもなる。2)だとすれば、イラクのときとは異なり「人道的介入」の美名のもとに完全な勝利を収めた諸国の政府に対し、今後も「平和運動」は完全に沈黙し続けることであろう。「イラク10」を「ワンイシュー」化することは誤りではないか。それは「リビア2」、さらには「シリアnow」「マリnow」とまったく地続きなのである。



-----


2006年度のノーベル文学賞を受賞したトルコの作家オルハン・パムクが、他国の作家たちと連名で、シリアのバシャール・アサド大統領に辞任を勧める手紙を出したというニュースを、諸君は覚えているだろうか。昨年の12月上旬のことである。


http://www.el.tufs.ac.jp/prmeis/src/read.php?ID=28520


わたしはこの記事が出たとき、フランスの『リベラシオン』紙のサイトに載っている問題の記事を、手元の辞書と自動翻訳の助けを借りつつ読んだが、もはや季節がひとつ代わるくらいの時間が経過したにも関わらず、この記事に覚えた不審感が今もって抜けないでいる。第一に、このニュースを読んで考えたのは「どうして“国際的に著名な作家・知識人”(注1)は、雁首そろえて似たようなおしゃべりをするのが好きなんだ」ということであった。すなわち「そのままではサダム・フセインやムアマル・カダフィと同じ運命を辿ることになるぞ」という結論部の内容は、この前わたしが言及(他サイトの紹介を引用)した、イギリスの左翼批評家タリク・アリのレトリックとまったく同じではないか。「匪賊対革命ごっこ」のシリーズでは取り上げていないが、一昨年の上半期においても、西側諸国の知的人士の一部が、NATOの空爆そのものを当然視した上で、カダフィ大佐に対して「そのままではミロシェヴィッチやフセインと同じ運命をたどることになるぞ」と言っている姿はよく見られたものだ。しかしいやしくも「ノーベル文学賞」受賞者を含む人たちが、こうもオリジナリティの貧困な声明を発するとわたしには考えられなかったのである。これが文学作品だったら、それこそ剽窃が問題視されるレヴェルの代物ではないか。正直、リビア問題の時にもNATOの音頭取りをしていたベルナール・アンリ=レヴィあたりの記した一筆に、彼らが適当に署名しただけであるとしか思えないのである(注2)。


この声明が実に薄気味悪いのは、情緒過多で空疎な修飾にあふれる大半の部分を差し引いたら、つまるところ「あんたは死にたいのか?」という脅迫的内実しか残らないことにある。「脅迫」と書くのは、彼らがアサド氏の政治的退陣を要求するという域を超え、それがなされない場合の報復として、相手の肉体的抹殺までチラつかせているからである。このことは、「今ならあんたにも亡命先があるが」といった親切めいた「忠告」によって覆い隠されているものの、むしろこうした留保は、この一文の本質が安いテレビドラマの脚本を超えるものではないことを露呈させる――「言うことを聞かないと、私の友人たちが黙っていませんよ」と、腕力専門のゴロツキ連中を背後に従えながら、自分の手は決して出そうとしない悪党が嘯くおなじみのセリフだ。その一方で、シリア内部で現体制を打倒しようとしている人々には、誰と誰がいてそれぞれはどのようなものか、またこの手紙の書き手たちがそれぞれ住んでいる国々の政府が、シリアに対してどのような利害関係を持っているのかといった事項については、当然ながらこの声明では一切言及されていない。少し古いが、サイト「media debugger」が丹念に外国の「オルタナティヴ」情報をまとめた記事によれば、トルコは去年の秋から事実上の対シリア軍事活動を展開している。さらには今年に入ってからは、イスラエルも米・仏の認可の下でシリアに爆撃機を飛ばし始めた。こうした自分たちに属するものの動きについては、この「文学者」たちはおしゃべりをしない。そのくせ彼らは、NATOとそれに追随する諸国の介入による事態のさらなる拡大を牽制してきた中国とロシアについては、忘れずに「信用はおけない」と言及、いや誹謗する。彼らが(やくたいもない)「善意」のみを持ち合わせており、アサド大統領の退陣によって「平和」が来ると本気で願っているかすら、怪しいものではないか。


こうした作家たちの口ぶりは鼻に付く。「悪いことをすると神サマのバチが当たりますよ!」と、親が子供に説教でも垂れているかのような感じである。キリスト教世界だろうとイスラム教世界だろうと、相手を見下す「オトナ」の説教について、子供は「神罰」という概念の虚構性とともに嫌悪するであろう。ましてや、実際にシリア(大統領個人をピンポイントで倒せるということはあり得ない)に「懲戒」を食わせようとするのは、神でも親でも何でもないのは明らかである。これでは、中年のアサド大統領でなくとも納得しようがないではないか。「殺す」という幼児でも感知するような肉体的恐怖を振りかざせば「独裁者」が引っ込むというのが「文学的」人間観であるとも考えられないし、そういった脅迫で「独裁者」が実際に引っ込んだ歴史的事例もあまり思いつかない。かつてドイツ第三帝国の指導者たちは、彼らの「神々の黄昏」にベルリンの数百万市民を道連れとしたものであった。


「人権問題」に関わるパムク氏の著名なエピソードとして、オスマン帝国時代の末期に発生したというアルメニア人虐殺の存在について否定を続けているトルコ政府を批判したという話は、非常によく喧伝されている。とある日本語サイトで、こうしたパムク氏の事績からしてアサド大統領への「批判」は信頼に値するという趣旨の、書き手の感想が記されているのも見かけた。しかしこうした感想は「壊れている」とは言わないまでも、本当に素朴極まりない。確かに、彼の自国の歴史認識問題についての言葉は、日本で日本の戦争犯罪を研究しようとする近現代史研究者が受けている痛苦を鑑みれば、おそらく「勇気ある発言」だったであろうが(注3)、そのことと現在の彼のシリア情勢についての認識、ならびに彼の発言が及ぼす効果とは、何ら関係がない。今回の彼は、あくまで外国であるシリアについて語っているのである。アサド大統領に退陣を迫るパムク氏以外の署名者たちも全員、シリア当局から身の危険が及ぶ心配はこれっぽっちもない。ジャン・ブリクモンがしばしば勧めているように、スペイン内戦に際した知識人にならって、彼らが自ら銃を取り「独裁者打倒」のために戦場へ出向いているのなら、その評価も変わってくるかもしれないが。


シリア当局が内戦状態で大変なのは明らかで、わざわざ外国の作家たちに刺客などを送り込むヒマなどは到底ないだろうし、それは西側諸国に完全な介入の口実を与えることになる。パムク氏はサルマン・ラシュディとも親しいらしいので、イランあたりとシリアを同一視して、自分も危険だと一人で考えているのかも知れない。しかし、小説による「イスラムの冒涜」に激怒したホメイニ師すら、堂々と外国に特殊部隊を送り込むようなことはしなかった。むしろ、自前のコマンドーを他国の地に投入し「敵」の首級を挙げた例として真っ先に想起されるのは、西側諸国の盟主であるアメリカの事例であろう(そのような暴挙が、たとえば「社会派映画」としてフィクションになり賞賛されるのだ!)。そもそもパムク氏は、たとえば自国の首相であるレジェプ・エルドアンの方針がおかしいと考えた際、「さもなければお前は死ぬことになる」という趣旨の「批判」をなすのだろうか。トルコが警察国家であろうとなかろうと、発言が「文学的な言葉のアヤ」であろうとあるまいと、いやしくも一国の首相の殺害が仄めかされるのならば、何らかの問題にはなりうるだろう。そして、トルコは1952年以来のNATO加盟国であり、「民主的」であり、ゆえに最新鋭の飛行機でリビアのように空爆されることもないのである。


もちろん、このパムク氏の発言に対しては、トルコ国内でもわずかながら批判もあったようだ。わたしが見かけたとあるイタリア語の左翼系サイトの情報によれば、歴史的な共産主義者でもあるかの国の詩人の名前を冠した「ナジム・ヒクメット文化センター」に属する知識人たちは、「この手紙の書き手たちは明らかにNATOの手駒と化している」「ノーベル賞を受けたこのトルコの作家は、トルコの知識人も、我が国の世論の良識も代表してはいない」という内容のアピールを発したとのことである。「トルコ共産党」のある幹部に至っては、パムク氏を「真のファシスト」とまで罵倒しているそうである(注4)。おそらく彼らは政治勢力としても、トルコでは微小な存在でしかないだろうが、文学者らの発言の醜悪な内実を問題視する人々がわずかでもいることは、トルコ人の名誉ではあると考える。


残念なことに、道義性のある誠実な訴えというものは、しばしば政治的に無意味に終わることが多い。しかしパムク氏らによる「アサド大統領への手紙」は、決してその道義性や誠実さをほめたたえられるべきものではない。端からこの一文は、政治的にどころか知的にも無意味であるのだが、しかしむしろその無意味さから、書き手をさも倫理的な人々に見せかけるような偽の外観が引き出されているのである。これはたいしたテクニックだが、文学者のテクニックというよりは詐欺師のそれに近いだろう。実際のところ、この一文は、「国際的に著名な作家・知識人」たちが、その純粋な文筆上の技量のみならず、「第三世界の人権問題」などにも関心が深いとアピールすることを通じて、自身の書籍の売れ行きと知名度を維持する営業活動の一つ以上には働いていないと思われる(注5)。こういった海外の文学者の動向を見ていると、現在の日本の作家のほとんどが、「人権問題」をはじめとする世界の状況について、または世界の状況について「発言」しないことは、当の世界にとっては悪いことではないのかもしれない。





(注1):「国際的に著名な」と書いたが、この声明に参加している人々の中でわたしがどうにか名前を知っていたのは、パムク氏とイスラエルのデヴィッド・グロスマンだけである。残念なことにと言うべきか、まったく彼らの作品に触れずに今日まで来た。自分が無教養なだけかもしれないが、シリアで外国文学が豊富に紹介されている(「独裁国家」なのに!)のでもなければ、ノーベル賞ブランド+隣国人であるという条件を兼ね備えたパムク氏を除けば、かの国の人々の認識もわたしのそれと大して変わらないのではなかろうか。「国際的に著名な作家・知識人」、またの名を「こいつら誰?」が「外国の政情について憂慮する」種の声明を発することをどう評価すべきかについては、「スーパーゲームズワークショップエンターテイメント」の一文も非常に参考になった。


(注2):パムク氏と、ニコラ・サルコジ大統領に近い立場としてフランスの対外政策を支持していたアンリ=レヴィ氏が、相反する関係ではないらしいことは、こちらのロイター通信の記事からも読み取れる。それにしても『リベラシオン』と言えば、ジャン=ポール・サルトルを中心に創刊された「左派」新聞のはずなのだが、こうした記事はサルトルの主張の重要な一部であった反植民地主義とは縁遠い。対してアンリ=レヴィ氏は、「旧世代」サルトルを攻撃する「新哲学者」の一員としてキャリアを築いてきた。これは、社会党から出てサルコジ氏を破ったフランソワ・オランドの対外政策が、前任者のそれとどこが違うのかという事実を含めて、注目すべき現象ではあるまいか。かの「佐藤優現象」を論じる場合、「我々」は日本人の知性と悟性が悲惨に破壊されている有様のみを考えてしまいがちだが、その反動で西欧の「左翼」ないしは「リベラル」をフェティッシュに崇拝することなく、彼らにもまた自壊現象が起こっている可能性を想定しなければならない。


(注3):自国の歴史問題を認めようと言っているとしても、それをどのような文脈で言っているのかは詳しく知りたいところである。日本にも、南京虐殺を始めとする大日本帝国の戦争犯罪の数々を認めようと訴える人々がいるが、その中には過去の非道な自国の行為の数々を真摯に反省するためにではなく、小沢一郎的な意味での「普通の国」として「先進国」から認められるため、それによって大国としての軍事・外交・経済ドクトリンを堂々と自国に展開してほしいがために、そうしているのだと公言する向きも存在する。さすがのパムク氏も、後者と一緒ではないと思いたいのだが。


(注4):もちろん、パムク氏が「ファシスト」であるという後者の表現は、手垢がつき過ぎているという意味でよろしくないし、そもそも歴史的に正しくない。ファシスト連中は、自分が下等な野郎と見なした相手は自分の手で殺したのであり、「君は殺されても仕方ないんだよ、殺すのはボクじゃないけど。でも猶予は与えてあげるよ」なんてことも言わなかったのではないか。


(注5):二か月ほど前に第148回芥川賞および直木賞の受賞者が発表されたが、なにせ前者の審査員には、存在自体が人権思想の否定であると言うべき石原慎太郎がつい最近までいたのである。もちろん、海外文学賞のコレクターにならんとする作家は、村上春樹がイスラエルで話した「卵と私」的なオムライス屋向けの講話くらいはこなせるようにしておかねばなるまい。余談だが、最近芥川賞・直木賞について詳しく記したとあるサイトを見ていて、石原氏と同じタイミングで芥川賞選考委員になり、同じくらいの期間にわたって選考委員を務めたのが、池澤夏樹だったということを知ってゲッソリした。しばしば池澤氏がエッセイで「それっぽい」主張をしながら「それっぽい」としか言いようがないというか、加藤周一をエーゲ海で汲んだ水で何倍にも希釈したというか、要は根本的な力に欠けているように思われるのは、その「文学的力量」もさりながら、彼が自分とまったく反対する対世界認識の持ち主である(はずの)石原氏のような人物と、平気で何年も同席できてしまうらしいユルさにも由来していると考えられる。


堕落に終わりはない(2)

「後半部分もぜひ紹介して」と前回の記事のリード文に書いておいて、選挙どころか正月も過ぎてしまっていた。ブリクモン氏のコメントについて「個人の見解」をまとめるつもりだったが、時間がないまま今日まで来ているので、先に翻訳の方だけでも完全に紹介することにした。


なお、選挙の結果についてのわたしの見解は、前回紹介した武井昭夫の考察に尽きる。つまり日本では、支配階級に対する被支配階級のイデオロギー的従属がかつてなく強化されている以上「そりゃこうなるだろう」ということである。しかし、「国防軍」だの「徴兵制」だのを真顔でペラペラする安倍晋三のようなペラペラな人物が再登板したことで、中国ないしは朝鮮を敵とする帝国主義的対外戦争の危機がより高まったのは間違いなく、この点については「そりゃこうなるだろう」とも澄ましてもいられない。安倍首相は賢い人間ではないだろうが、おそらく彼の賢いブレーンは、「護憲派」の最後の抵抗を突破するために、ブリクモン氏の表現するところの「戦争賛成左翼」ないしは「反―反戦左翼」のペラペラさを大いに活用するであろう。





反-反戦左派に用心せよ――なぜ人道的干渉主義はどん詰まりなのか〔※後半部分〕


2012年12月4日
ジャン・ブリクモン



〔承前〕


反―反戦左翼のお好みのテーマの一つは、軍事干渉への反対を拒絶する人を、「独裁者を支持する」として糾弾することであるが、この独裁者と言う言葉は目下標的になっている国家の指導者を意味している。問題は、あらゆる戦争が敵を、とりわけ敵の指導者を悪魔化することに基づく、巨大なプロパガンダの努力によって正当化されることである。こうしたプロパガンダに効果的に反対するためには、敵に帰せられた犯罪行為を文脈化し、彼らのそれと我々が支持しているはずの側のそれとを比較することが要求される。そうした任務は必要だが、危険である。最小の過失が我々に対してはいつまでも利用されるだろうが、一方で戦争賛成プロパガンダのあらゆる虚偽はすぐに忘れられるからである。


すでに、第一次世界大戦の折、バートランド・ラッセルとイギリスの平和主義者たちは「敵を支持している」という糾弾を受けていた。しかし、もし彼らが協商国側のプロパガンダを非難したとすれば、それはドイツ皇帝への愛からではなく、平和のためになされたことであった。反―反戦左翼は、自身の側の犯罪についてその時々の敵(ミロシェヴィッチ、カダフィ、アサドその他)に帰せられたそれより鋭く批判する、一貫した平和主義者の「ダブル・スタンダード」を非難することがお好みだが、こうした平和主義者の姿勢は慎重かつ合法的な選択の必然の結果にすぎない。我々のメディアと(西側の)政治指導者たちの戦争プロパガンダ、攻撃側を理想化することに伴った、攻撃されている敵を恒常的に悪魔化することに立脚したプロパガンダに、そうやって反撃しているのである。


反―反戦左翼はアメリカの政策にいかなる影響も与えないが、それは彼らがいかなる効果をももたらさないということを意味しない。その欺瞞的なレトリックは、あらゆる平和運動や反戦運動を中和化することに役立っているからである。このレトリックはヨーロッパのあらゆる国に、独立した〔他国への不干渉という〕姿勢を取ることをも不可能にさせている。それはド=ゴールの下で、またはシラクの下ですらフランスが採っていたものであったし、スウェーデンではオロフ・パルメ〔1970-80年代の同国社会民主党政府の首相〕によってなされていたものであった。今日ではこうした姿勢は、ヨーロッパのメディアの言葉を繰り返す反―反戦主義者によって、「独裁者を支持することになる」、新たな「ミュンヘン」である〔1938年のミュンヘン会談=「独裁者への融和」の暗示〕、「無関心の罪」であるとして、常に攻撃されることになる。


反―反戦左翼が達成にこぎつけていることといえば、合衆国に対するヨーロッパ諸国民の主権を破壊することであり、戦争と帝国主義に関する何らかの独立した左翼の位置を抹消することである。それはまた、ヨーロッパの左翼のほとんどを、ラテンアメリカの左翼のほとんどとまったく対立する姿勢をとらせるばかりか、実際に彼らがそうすべきように国際法を守ろうとしている、中国やロシアのような諸国を対立者とみなすように仕向けている。


何かしらの虐殺が迫っているとメディアが報道する際に、想定される未来の犠牲者を助けるための行動が「急を要する」ものであり、事実を確かめるために時間を浪費できないという言葉が、我々の耳に入る。こうした考え方は、近くのビルが火事になっている場合には妥当であろうが、他国における緊急性が云々される際に無視されているのは、情報操作、ごく単純な誤り、外国についての報道を支配する混乱についてである。どこかの外国の政治的危機に対する「我々は何かをしなくてはならない」本能によって、軍事干渉の代わりに何がなされるべきかについての真剣な考察が、左翼の側から反射的に一掃されてしまう。どのような独立した調査によって、紛争の諸々の原因を理解して実効的な解決が果たせるだろうか? 何が外交の役割を果たせるだろうか? 汚れなき反乱者という流布するイメージは、とりわけスペイン内戦のような過去の紛争を夢想化する左翼に負っているが、このイメージが考察を妨げている。それは、西洋左翼がお気に入りの伝説の大事な源泉である1930年代とは大きく異なった、今日の世界における力関係と同時に、武装反乱の諸原因を現実に即して取り扱うことも妨げているのである。


さらに注目すべきことは、スターリン、毛沢東、ポル・ポトその他に率いられていたからという理由で、反―反戦左翼のほとんどが過去の諸革命への全般的非難を共有していることである。しかし今日において、革命家はイスラム原理主義者(西側をバックとした)であり、それですべてがうまくいくと我々は信じねばならないようだ。必ずしも暴力革命が社会変革に達する最良または唯一の道ではないと、「歴史から教訓を引き出す」のはどうなったのだ?


オルタナティヴな政策とは、反―反戦左翼によって現在提起されているものとは180度反対なものではないだろうか。次から次へと干渉を要求する代わりに、我々は自分の政府に、国際法の厳格な尊重、他国の内部問題への不干渉を要求すべきであり、対立の代わりに協同を要求すべきである。不介入とは、軍事的不干渉を意味するだけではない。それは外交・経済活動にも適用される。一方的経済制裁ではなく、折衝における脅迫ではなく、あらゆる国家の平等な扱いである。何らかの反―反戦左翼がそうすることを愛しているように、ロシア、中国、イラン、キューバのような諸国の指導者たちを、人権侵害のかどで延々と「非難する」のではなく、我々は彼らが何を言わんとしているのかを聞き、彼らと対話するべきであるし、我々の同胞に対しては、世界には自分たちと異なった考え方があり、我々の物事の行い方について他国が批評できるということもそれには含まれているのだと、理解するのを助けるべきである。こうした相互理解を育むことこそ、結果として、あらゆる場の「人権」を改良する最良の道たりうるのである。


こうしたことが、リビアやシリアのような諸国における人権侵害や政治紛争への即座の解決はもたらさないだろう。しかし〔他に〕何をするというのか? 介入政策は世界の緊張と軍事化を促進している。こうした政策の標的とされていると感じる国家は、数少ないものではなく、彼らは彼らができるあらゆる手段で自分を守る。〔標的となった国家の〕悪魔化のキャンペーンは、諸国民の平和的関係、市民同士の文化交流、そして間接的には、介入の主張者たちがそれを促進していくと主張しているところの、自由主義的理念そのものの隆盛を妨げているのである。反―反戦左翼がオルタナティヴなプログラムをひとたび放棄するということは、彼らが事実上、世界の問題に対して最小限の影響を持てる可能性すら放棄したということである。それは現実には、彼らが訴える「犠牲者たちを救う」ことではない。帝国主義と戦争に対するあらゆるレジスタンスを破壊すること以外に、それがしていることは「何もない〔nothing〕」。彼らが本当にしている唯一のことといえば、アメリカが続けている支配そのものである。彼らに世界諸国民の安寧を望むというのは、完全に絶望的な姿勢である。この絶望は、左翼のほとんどが「共産主義の没落」に反応した側面のうちの一つである。とりわけ国際問題において、帝国主義への反対と国家主権の擁護という共産主義者の政策が「スターリン主義の遺物」として次第に悪魔化されていく中で、それと正反対のものが彼らには受け入れられているのである。


干渉主義とヨーロッパの建設は、ともに右翼の政策である。そのうちの一方は、アメリカの世界的ヘゲモニーへの衝動と結びついている。もう一方は、新自由主義的経済政策を支持し、社会的な保護を破壊する枠組みである。矛盾することに、この両者が広く「左翼」の諸理念によって正当化されているのである。人権、国際主義、反人種主義、反ナショナリズムといったそれらによって。両方の場合において、ソヴィエト・ブロックの没落後に自身の道を見失ったある種の左翼は、世界における力関係についてのいかなる現実主義的分析をも欠いた、「寛大で、人道的な」語りを身にまとうことで救済を獲得している。この手の左翼が隣にいると、右翼は自身のイデオロギーをほとんど必要としない。それは人権で間に合わせることができるからだ。


それにもかかわらず、干渉主義とヨーロッパの建設という、両方の政策はともに今日ではどん詰まりに陥っている。アメリカの帝国主義は、経済的かつ外交的な巨大な困難に直面している。その干渉政策は、合州国に大国する世界の多くを結束させるように働いている。もはや「別の」ヨーロッパ、一つとなった社会的ヨーロッパを信じている人はほとんどおらず、実際に存在しているヨーロッパ連合(ただ一つの可能性)が労働者たちに大きな熱狂をわき起こすことはない。もちろん、こうした失敗の恩恵をもっぱら近年受けているのは右翼であり極右なのだが、その唯一の理由は、左翼のほとんどが、民主主義の前提としての平和、国際法、国家主権の擁護を止めてしまっているからなのである。



堕落に終わりはない(1)

友人の一人曰く、「選挙の前後というのは概ね自分をとりまく政治状況について改めて認識させられるという意味で非常に不快になる」。実に同感である。


2009年、当時存命していた「古典的マルクス主義者」武井昭夫の本を紹介する際にわたしは、
「人民が持つべき階級意識を失い、情報産業の操作によって容易に動かされる存在に成り果てている」
「資本主義への対抗勢力が示すべき変革のプログラムを示せていない」
「その結果として労働者や市民は、『政治的ニヒリズム』と『盲動的ポピュリズム』を振り子のように行き来する、自己と社会の変革への道を見失った『民衆』へと衰退している」

といった、自分なりに読み取った著者の見解の大枠について述べた。しかしこうした日本の傾向は、とりわけ2010年代に入りますます進行しているらしい。今年の11月、ひさしぶりにこの「手帖」に文章を書き加えた際、わたしは紹介文を現在のように書き換えた――「帝国主義戦争の危機が迫っている。『我々』が最悪のそれをやらかす危機が」と。とっくに結果など僕らには分かっているのだよとでも言いたげな報道産業が垂れ流している数字にもメゲず、選挙後にいよいよ顕在化するであろう「我々」の「やらかす危機」に本気で対抗しようと思う人々のヒントたりうるものとして、わたしは今回もジャン・ブリクモンの一文を紹介したい。『カウンターパンチ』誌のサイトに2012年12月4日づけで発表された、「反-反戦左翼に用心せよ――なぜ人道的干渉主義はどん詰まりなのか」と題された一文で、ブリクモン氏は「反―反戦左翼〔anti-anti-war left〕」の生態とその害悪について詳しく語っている。これは前々から彼が「戦争賛成左翼〔pro-war left〕」と呼んでいたものと、ほぼ同じものと解釈してよいと思うが、日本においても、中国や朝鮮といった近隣諸国と「やらかす危機」が勃発する際には、こうした人士が必ずや大量発生することであろう。


残念ながら当方の無力により、今日までにすべての部分の訳出がかなわず、今回は前半のみの紹介となる。選挙後には私個人の見解と合わせて、後半部分もぜひ紹介して完全を期したいと思っている。もちろん、英文でも大丈夫という方は拙訳など放っておいて、ただちに原文をご覧いただきたい。


http://www.counterpunch.org/2012/12/04/beware-the-anti-anti-war-left/





反-反戦左翼に用心せよ――なぜ人道的干渉主義はどん詰まりなのか〔※前半部分〕


2012年12月4日
ジャン・ブリクモン



1990年代、とりわけ1999年のコソヴォ紛争より、西洋諸国とNATOによる武力介入に反対する人は、一種の(その極左的な部分を含めて)「反―反戦左翼〔anti-anti-war left〕」とでも呼ぶことのできる何者かと対立することを余儀なくされている。ヨーロッパ、それもフランスではとりわけ、反―反戦左翼は、社会民主主義の主流派、緑の諸政党、ラディカル左派のほとんどによって構成されている。反―反戦左翼は、西側の軍事干渉への賛同をあからさまに告白することはなく、時にはそれを批判しさえする(しかし通例、批判されるのは、軍事干渉の戦略ないしは疑わしい動機に対してだけである――西洋は正しい大義を支持している、しかしやり方がまずいし、石油や地政学的理由によるものであるから、と)。しかし彼らのエネルギーのほとんどは、こうした干渉へ断固反対し続けるという、左翼のある部分が示す危険な傾向と見なされるものへの「警告」を発することに費やされている。彼らは我々に、「自身の国民を殺害する独裁者」に対する「犠牲者」へ連帯することと、膝蓋反射〔knee-jerk〕的な反帝国主義、反米主義、ないしは反シオニズムに屈服して、とりわけ極右と立場を同じくすることになってはならないと要求する。我々は、1999年のコソヴォ-アルバニア間の紛争以降、アフガニスタンの女性、イラクのクルド人、そしてごく最近ではリビアとシリアの民衆を「我々」が守らなければならないのだと聞かされ続けている。


この反―反戦左翼が恐ろしく効果的であり続けていることは否定しがたい。想像上の脅威に対する戦いとして公衆に売り込まれていたイラク戦争は、実に素早い反対を沸き起こしたが、コソヴォ州をユーゴスラヴィアから引きはがすための爆撃、カダフィを片づけるためのリビアへの爆撃、または現在進行中のシリアへの干渉のような、「人道的」なものとして提示される干渉については、左派の側からの反対は本当に小さい。帝国主義の再来への異議、またはこうした紛争を扱う際に平和的諸手段を採用することへの賛成は、「R2P〔=Right to Protect〕」、すなわち保護する権利ないしは責任、もしくは危険にさらされている人々を助けにいく義務が喚起されることで、容易に掃き出されてしまっている。


反―反戦左翼の原理的なあいまいさは、干渉し保護する者としての「我々」とは一体だれなのかという問題にある。西側の左翼、社会運動ないしは人権組織に対して、かつてスターリンが教皇庁に尋ねたのと同じ質問を向けることができるだろう。「あなた方は何個師団をお持ちかな?」。つまり実際のところ、「我々」が介入することが想定される紛争とは、すべて武装紛争なのである。干渉するとは「軍事的に」干渉することを意味するのであり、それゆえ求められるのは適切な「軍事的」手段である。そのような手段を西側の左翼が所有していないことは完璧なまでに明らかである。合衆国の代わりに、干渉がヨーロッパ諸国の軍隊に要求されることもあるだろうが、ヨーロッパ諸国の軍隊が合衆国の多大な支援なしにそれを済ませたためしはまったくない。だから実際には、反―反戦左翼が発している事実上のメッセージはこのようなものとなる。「お願いです、アメリカの皆さん、愛しあうのではなく戦争をして下さい!」。さらによいことに、アフガニスタンとイラクの統治の大失敗によって、アメリカ人は陸軍部隊の派遣を避けるようになっているから、こうしたメッセージは、人権侵害が起こるであろうと報じられる諸国に対し、アメリカ空軍が爆撃に行くことを要求する以外の何物でもないものとなる。


もちろん、今後は人権をアメリカ政府の善意、その爆撃機、そのミサイルランチャー、その無人戦闘機〔drones〕にゆだねるべきであると、誰であれ主張することは自由である。しかし、武装闘争のさなかにある反乱なり分離主義運動なりを「連帯」し「支援する」ためになされる、あらゆるこの種のアピールの具体的な意味あいが、そのようなものとなっているということを理解するのは重要である。こうした武装運動が必要としているのは、ブリュッセルやパリでの「連帯デモ」の最中に叫ばれているスローガンではないし、彼らはそうしたものを要求しているわけではない。彼らが欲しいのは重火器であり、彼らは自身の敵が爆撃されるのを見たいのだ。


もし反―反戦左翼が正直ならば、こうした選択について率直に語り、公然と合衆国に、人権が侵害されているあらゆるところを爆撃しに行くよう頼まなければならなくなるだろう。しかしその時には、その帰結を受け止めねばならないだろう。実際、「独裁者に虐殺される」人々を救うと想定されている政治・軍事階級とは、かつてヴェトナム戦争を遂行し、イラクには経済制裁と戦争をしかけ、キューバ、イラン、その他彼らに同意しない諸国には今もって恣意的な経済制裁を科し続け、イスラエルには無条件で多大な支援を提供し、アルべンス〔1950年代のグアテマラの軍人政治家〕からチャベスまでの、さらにはアジェンデやグラール〔1960年代のブラジルの大統領〕その他も含めた、ラテンアメリカの社会改革者たちにはクーデタを含むあらゆる手段を用いて対抗し、そして恥知らずにも世界中で労働者と資源を搾取している、その政治・軍事階級に他ならないのである。このような政治・軍事階級に「犠牲者」を救済する道具を見いだすのは、目に星の輝いている〔starry-eyed〕ような人でなければできまいが、反―反戦左翼が要求しているのも事実上こうしたことになる。なぜなら、世界における所与の力関係の中で、彼らの意思を押しつけるのに使える軍事力は他にないからである。


もちろん、アメリカ政府は反―反戦左翼の存在にほとんど気づいていない。合衆国は、成功するチャンスや、戦略的、政治的、経済的利害を彼ら自身で見積もることによって、戦争を遂行するかどうかを決定する。そして戦争がひとたび始まれば、彼らは勝つためにあらゆるコストを払う。市民やその場に居合わせただけの人々を脇に置いておける紳士的な方法を使い、真の悪党どもを相手にする、よい干渉だけをなすことを彼らに求めるなど、いかなる意味もなさない。


「アフガニスタンの女性を救え」と呼びかける人がいるとすれば、実際にそれはアメリカに干渉することを求めているのであり、中でもとりわけ、アフガニスタンの市民を爆撃しパキスタンで無人戦闘機を撃ち落とすよう求めていたのである。彼らに対し爆撃ではなく保護を求めることが無意味なのは、射撃と爆撃が軍隊の機能だからである(原注1)。


〔以降は次回〕





(原注1):シカゴでの最近のNATO首脳会議において、アムネスティ・インターナショナルは、アフガニスタンの女性のための「進歩を維持する」ことをNATOに求める一連のポスター・キャンペーンを開始したが、それには何の説明もないというか、どうして一軍事組織がそうした目的を果たすと考えられたのかという疑問さえ浮かび上がらせている。




[付記:翻訳文の中で記事の発表日を「10月12日」と誤記していたのを、正しい日時に訂正した(2012年12月16日)]



「墓場の平和」賞

もう一月ほど前の話だが、2012年度のノーベル平和賞がEUに与えられたという報道があった。以前この賞については、わたしもちょっとした「メルヘン」が脳裏に浮かんだことがあり、この「手帖」にも書きとめたことがある。しかし今回の受賞の状況は、よく言ってお手盛り、端的に言って傲慢極まりない話であるように思われた。「平和」? EUと「平和」と何の関係があるのか。少なくともEU諸国間は、ここ半世紀ほど物理的にミサイルが飛び交っていないという意味で「平和」かもしれないが、やれギリシアが足を引っ張るだのイタリアは怠け者だのと、何かと言えば金勘定の話ばかりしてはお互いを罵倒しているのであり、彼らが「平和」について何らかの実効性のあることをなした記憶がない。「冷戦終結おめでとう」ならば、なぜNATOはいまだに解散していないのか? そしてNATOの存在は「ヨーロッパの外の世界の平和」とどう関連しているのか?


ヨーロッパでも、EUのノーベル平和賞受賞は不可解であると言っている知識人は結構いたようだ。とある日本人のサイトで、インド出身のイギリスの論客であるタリク・アリの『デモクラシー・ナウ』によるインタヴューが評価されていたので、わたしはその書き起こしを読んだ。それを信用する限り、彼はEUへのノーベル賞を「爆笑もの」とし、「EUに賞を与えることは、NATOに報いることでもある」などと、まずは正鵠を得たことを言っている。しかし、アリ氏がEUの「平和賞」を語るにあたって、イラクやアフガニスタンばかりかギリシアにすら触れながら、EUが陰に陽にからむ目下最新の事例であるリビアやシリアの現状に触れていないのは、ずいぶん奇妙なことである。彼はかの両国の「平和」についてこそ語るべきではないのだろうか。EUの指導者階層(「中道左派」を含む)は、リビアやシリアへの「人道的干渉」に対する自国民の反対をほとんど抑え込んだことによって、自らの政治的無能力によって揺らいでいたその自信を回復させたことであろうから。


こちらのサイトによれば、もともとアリ氏は、EU=NATOのリビアやシリアへの「人道的介入」に対して、真っ向からの批判をしていたわけでもないらしい。彼は、爆撃機でなく、「反乱側」への資金や物質の援助による「レジーム・チェンジ」ならばよいと認めていたが、こうした態度が何の「平和」につながるのかは疑問である。一方でEU諸国の軍事介入を不当なものとして反対しておきながら、もう一方で軍事介入以外の所業は無視するばかりか、自分で不当とみなしている軍事介入を受けようとしている相手に対して「貴様もああいう末路を辿りたいのか?」と脅しつけるのは、知的錯乱もいいところではないか。むしろ、リビアやシリアに対する戦争が防がれていれば、彼が正しくもバカバカしいと指摘している、EUのノーベル平和賞受賞そのものが起こらなかったことだろう(注)。しかしアリ氏はそもそもEU=NATOが今やっていることに気づいていないらしい。「私はアメリカにもEUにもNATOにも反対です。でも空爆には賛成です」。何だそれは。


この点で、ジャン・ブリクモンとダイアナ・ジョンストンが発表した「ノーベル平和賞選考委員会へのあつかましい一提案」は、「褒め殺し」的な筆致のエッセイながらも、問題の把握はより明晰であるので、今回はこれを紹介したい。『カウンターパンチ』誌のサイトに2012年10月12日づけで発表されたこの一文は、アリ氏のような奇妙な知的捻転をさらすことなく、国際社会の「平和」の敵である植民地主義と帝国主義が、「ナショナリズムの克服」「民主主義」「人権」といったそれ自体は考慮する価値のある「西洋の価値」を盾に取って、やりたい放題にしていることを端的に説明している。お手盛りの平和賞を受けている政治階層は確かに「あつかましい(immodest)」であろう。しかし、こうした連中を散々に批判しておきながら、結局その力が野放図に第三世界諸国に行使され「平和」が破壊されるのを容認している人士がいるならば、そちらの神経のほうが遙かにドあつかましいと言わざるを得ないであろう。なお、〔〕内には訳の簡単な補足を付した。


http://www.counterpunch.org/2012/10/12/an-immodest-proposal-for-the-nobel-peace-prize-committee/





ノーベル平和賞選考委員会へのあつかましい一提案

2012年10月12日
ダイアナ・ジョンストン/ジャン・ブリクモン



このたびノルウェーの国会議員の皆さんは、ノーベル平和賞をヨーロッパ連合に与えることを決定いたしました。現在ノルウェーは、西ヨーロッパ諸国の中でもEUに属していない数少ない国の一つです。それゆえ私どもは、ノルウェー人の謙遜が、心の底で本当にこの賞に値すると彼らが信じている組織であり、彼らが加盟している組織であるNATOを、ノミネートすることをためらわせたのではないかといぶかしんでおります。奥ゆかしい〔self-effacing〕ノルウェー人は、そうした選択が、彼ら自身にこの賞を与えるかのように見えることを恐れていたのでしょう。それゆえ彼らは、一種の代用品としてEUに賞を与えたわけです。


これは見上げたことであり、どれだけ多くのノルウェー人が、我らの共有する西欧の価値を順守しているかを示すものであります。


しかしながら私どもは、誤った謙遜によって真に有益な業績が覆い隠されるべきではないと主張したいのです。ゆえに、我らの共通する価値を大事にしているすべての人々が、このあつかましい提案のもとに団結されんことを提起いたします。すなわち、2013年のノーベル平和賞はNATOに与えよう、と!


賢明なノルウェー人は、ヨーロッパ連合がヨーロッパ統合を促進してきたと指摘することで、彼らの選択を正当化するでしょう。しかし事実を見るならば、西ヨーロッパという地方の境界を優に越えて、NATOがEUすら上回る数の国々を統合し、そうし続けていることは明白です。EUはヨーロッパを経済的手段によって統合してきましたが、それが崩壊しつつあることはノーベル賞委員会すら認めています。一方でNATOが、爆弾とミサイルを使って、旧ユーゴスラヴィアに勝利し我々の価値を広めたのに対し、EUはその後をモタモタ追って来たのでした。NATOはその海軍と空軍を使ってリビアを民主化しましたが、EUの指導者たちはこの軍事作戦をわずかな言葉で正当化しただけでした。今日では、トルコの助けによって、NATOは自国の人民を殺害するシリアの独裁者との戦いに積極的に参加していますが、その間EUはいまだにおしゃべりを続け、金を持たないところに送り続けているだけであります。


ノルウェー人は、彼らがその興隆を怖れている、ナショナリズムの邪悪と戦うためにEUを賛美しています。しかし正直なところ、この高貴な大義に対するEUの寄与は大したこともなく、この組織はユーラシア大陸の先端にある没落中のわずかな国々を参加させているにすぎません。民主主義と人権の慈悲深い規則を世界全体にもたらすことによってナショナリズムと戦うという、NATOの使命がどれほど人を鼓舞しているか! あらゆる国家とナショナリズムが西洋の価値の統治下に服する時になって、はじめて真の平和がようやく我らの惑星を支配することになるでしょう。


第一次世界大戦の勃発から100周年の前年にあたって、この高名な「平和賞」がかの組織に与えられることより、「すべての戦争の終わらせる」ことを、真に用意し準備するものがあるでしょうか!


2013年度はNATOに賞を!!!






(注):EUにノーベル平和賞が与えられた状況を「我々」に当てはめて考えた場合、日本人が佐藤栄作以来のこの賞を奪取するには、朝鮮あたりの「レジーム・チェンジ」を成功させねばならないだろう。iPS細胞の樹立ほどは難しくないと期待して、このノーベル賞争奪に乗りそうな「リベラル」なり「中道左派」なりは結構いそうだ。しかし、朝鮮をはじめとするアジアの諸国民に必要なのは「平和賞」ではなく「平和」である。



[付記:第3段落における、推敲が残ったままアップされていた部分を修正した(2012年12月15日)]