没後20周年

ところで、梶村秀樹の著作集(全6巻+別巻、明石書店)を一月ほど前から少しずつ読み進めている。これまでわたしはこの人物を、朝鮮の独立運動家・金九の自伝『白凡逸志』の訳者としてしか認識していなかったが、彼自身の歴史著述もまた非常に啓発的なものである事を知り、自分の不明を恥じずにはいられない。未読ならば諸君も、図書館で彼の著作をぜひ手に取られたい(注1)。今年は、性科学の先駆者であるとともに反治安維持法の闘士であった山本宣治の暗殺80周年にあたり、彼を顕彰する本もいくつか出版されているようだが、梶村の病没20周年もまた想起されてしかるべきであろう。韓国でかつての民主化運動の担い手の一人が自殺し、朝鮮が「国際社会(日本含む)」に十重二十重に包囲され、在日朝鮮人に対してはさらなる排外立法が練られている、今日の状況下においてはことに。


完全に読み終わったのは著作集の2巻と4巻であるが、1910年以後の独立運動に関する論文には特に興味をひかれる。民族主義運動と共産主義運動の実に複雑な絡み合いや、日本官憲の猛烈な弾圧といった困難な条件下で、活動した様々なタイプの闘士(金九、金元鳳、張志楽、申采浩、金日成など)や、抵抗運動・運動体(三・一運動、義烈団、新幹会、甲山火田民、パルチザンなど)の姿が、個々にヴィヴィッドなものとして見えてくる。無論、資料の発掘は時とともに進んでいるだろうし、より細かい「実証」という点においては、現在の細分化した朝鮮史の専門家から見れば問題点もあるだろう。しかし梶村自身の言葉を借りて言えば、彼の「描き出す歴史像が『意味としての歴史』の領域で共通性を獲得しえている」のであり、「安易に『今の方が水準が高い』といえるものではない」ように思われる(注2)。これと関する事として、もう一つ梶村に感じたのは、他者を描くまたは理解する前提として、「我々」自身の過去と現在を極めて厳密に自己省察しようとする、一種の「モラルの感覚」である。歴史家に限らず、「我々」が他者に対する際の問題として、彼の姿勢は学びとられるべきではないか。


 「朝鮮人民の歴史のどこを考えても日本帝国主義の支配ということをぬきに真空の中にあったわけではない。特に日本帝国主義の性格が、朝鮮人の内面にまで入りこんでいくものとしてあっただけ、そのことをぬきにして、つまり民族的責任の観点ぬきに、日本人であるわれわれが単に客観主義的に歴史を語るわけにはいかないということが大前提です。〔中略〕
  いいかえれば、北が変るには、まず日本が変らねばならない。そういう主体的問題意識をぬきにした客観主義的批判はおよそ無意味だと思うのです」(注3)。





(注1):彼の書いた数々の古典的研究が、文庫などで全く復刊されないというのは何か象徴的である。


(注2):1984年の論文「歴史と文学」(著作集第2巻)。これも好論文。なお、引用内の括弧は二重カギ括弧に直した。


(注3):1971年の講演記録「朝鮮民族解放闘争史と国際共産主義運動」(著作集第4巻)。『排外主義克服のための朝鮮史』(青年アジア研究会編、1990年)も見よ。



スポンサーサイト

「在日韓国人」の本を読む以前に

先日、「我々」と隣国の歴史的関係性を考えるために役に立ちそうな書籍を探していた所、筑摩書店のサイトで奇妙な一文にたどり着いた。李建志『日韓ナショナリズムの解体――「複数のアイデンティティ」を生きる思想』(筑摩書房)を検索すると、「この本を読んだ! の声」として、以下のような読者の感想文が出てくる。


http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480842862/


冒頭の二つのセンテンスは明快である。あまりにも陳腐な言い草ではあるが。たとえば、この書き手が「日本のナショナリズムを批判する在日韓国人の研究者は数多くいる」と言う時、誰かしら具体的な「在日韓国人の研究者」をちゃんと念頭に置く事が出来ているのか(注)。また「韓国のナショナリズムを不問に付して、日本のことだけを批判するのはフェアじゃない」と言う時、明治以来の「我々」の歴史をどのようなものと考えているのか。そもそも、韓国籍を持っていない在日朝鮮人をどう見ているのか。認識の質についてはいくらでも疑問が湧く。ともあれ、ここまでの文章では、「だいたい」とまで強調する程の、書き手の「在日韓国人」への強い不満が普通に読み取れよう。


しかし、話が奇妙になって来るのはここからである。この書き手は「在日韓国人」が「我々」に対し不公平であると憤りを感じていながらも、単にそれだけで文句を言っているのではないのだよ、という体裁をとりつくろう。すなわち「在日韓国人の研究者」の態度は、自分にとってのみ不公平と考えられるものではではなく、「日本の保守サイドから批判を呼び込んでしまい、むしろよくない」ものでもあると言うのである。このくだり以降は、李氏による韓国批判への共感と「在日韓国人」を心配するそぶりが入り乱れ、ほとんど迷走している。これは、自分は「保守サイド」に立つものではないけれど、自分じゃなくて彼らがあなたたちに不利益を与えますよという「忠告」か? それとも、自分の抱いているあなたたちへの不満は、日本人の多数派たる「保守サイド」と同じだから、勝手な差別ではありませんよという「言い訳」か?


この書き手は「日本の保守サイドからの批判」を何故だかずいぶんと恐れているようだが、本来「在日韓国人」に対してのみならず、海を越えて日本国にやって来る諸外国人と「我々」が互恵関係を築くためには、両者の間の論争自体は本来よろこばしきものではないだろうか。むしろ、その論争がどれだけ「フェア」な土俵で行われているかが焦点となろう。しかして「我々」は、外国人・異民族に対する明確な反差別立法をどれだけ実現してきただろうか。権利・地位はどのような状態にあるだろうか。以前、国家間の「対話」を成り立たせないのは彼我の力の非対等性である事を論じたが、一国内にも「国民」と「それ以外」との間には愕然とする格差があるのであり、この格差を是正する事によってようやく豊穣な論争の土俵が成立しうる。同じ人と人との間にしか「対話」はあり得ないからだ。しかるにその土俵が貧弱な現況について、「在日韓国人」を初めとする「それ以外」の人々が「保守サイド」に反駁する事が単純にまずいと言うならば、「我々」の「民主主義国家」には終末の日がすでに来ている事になる。また、土俵のプアーさに言及しようとしないで「フェア」を言うだけなら、事態に関心を寄せているように見せて実は「保守サイド」に惰弱な心情を預けっぱなしにしているだけの話である。


「もちろん、著者が韓国に対する厳しい態度をとらなければ日本社会に訴えても聞いてもらえないという状況も考慮しなければならないが」というのも、ご立派な心遣いではある。日本批判ばかりの「在日韓国人」は「フェアじゃない」が、「韓国に対する厳しい態度をとらなければ日本社会に訴えても聞いてもらえない」著者の立場は「考慮」する……? 諸君、このような人物に出会ったならばこう問わねばなるまい。ある隣国出身の人間が、彼・彼女の母国の内外にいる同胞に「厳しい態度」を取っているとしたら、何故あなたは同じように自分の同胞へそれ以上の「厳しい態度」を取らない、または取れないのですか。それともあなたの好きなのは「考慮」だけですか、と。


そう、「読書力と倫理観が試される」とすれば、不特定多数の「読み手」のそれではなく、「保守サイド」のそれであろう。しかしこの書き手は、自分を決して「保守サイド」に位置づけないにも関わらず、その世界観は彼らが小馬鹿にしているであろう対象と全く異ならない。しかも彼らを試すどころか、自分自身を試しもしない。『日韓ナショナリズムの解体』という題名にも関わらず、少なくともこの本を読んだ日本人読者は、何も解体されずに済んでいる。日付によれば文章が掲載されて半年以上経っているようだが、著者である李氏がこれを読んでどう思ったのか知りたい所である。


しかしこのような無残さは、この書き手一個人の問題などでは全くない。現代日本で自分を「保守サイド」に位置づけない人々、言ってみれば「リベラル」の自称者の間で流行している、一種の新型インフルエンザのようなものではないかとわたしは疑っている。ここで一つだけ最新の例を挙げるとすれば、サイト《マガジン9条》2009年5月27日号の、朝鮮の核実験報道への反応がそれに当たろう。二人の対話という形式を取った時評(?)の後半で、朝鮮は「ほんとうに困った国」「あまりの駄々っ子ぶり」などと、ハナから対等な「対話」の相手として見られておらず、「どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ」とでも言わんばかりの高慢さで、日本における核武装論の再燃やそれを引き金にした日米関係の悪化を予測する一方、「偏狭なナショナリズムに煽られた人たち」による在日朝鮮人への暴力を心配してみせる。しかしその責任は、日本が極右化してアメリカに睨まれてしまう責任もひっくるめて、朝鮮が100パーセント担わなければならないようだ。彼らは、「自ら同胞を傷つけることに手を貸している」とみなす隣国の当局へは「ほんとうに困った国だな」と二度までも大仰に嘆息してみせておいて、「我々」の義務としての在日朝鮮人の安全確保や、「偏狭なナショナリズムに煽られた人たち」の犯罪行為の糾弾についてはついぞ語らない(注2)。これもまた、飲ませるタミフルのないような話である。





(注1)姜尚中以外の名前が挙がるのかどうか? 「日本のナショナリズムを批判する在日韓国人の研究者」としてわたしが真っ先に思い浮かんだのは、知名度で姜氏に(だいぶ遅れてではあるが)次ぐであろう徐勝・徐京植兄弟だが、この両氏は「韓国人」としてのアイデンティティを強調してはいない。


(注2)加えてこの週のトップページでは、「またあの国が」に始まり、「私の大嫌いな言葉」とわざわざ断りを入れておきながら「それこそ世界規模のKY国家」と、朝鮮を感情丸出しで罵倒している。せっかくバラク・オバマが核廃絶に動いてくれているのに! という憤りの理由も間抜けだが、そもそも彼らの敵は戦争や原水爆ではなく朝鮮という国家なのか? この辺りからも、彼らの「平和主義」の知性と悟性の程度が疑われる。



引用(2)

挫折挫折とすりきれたレコードみたいにいうのは困るけれども、他方、転向問題でいったことの繰り返しになるけれども、自分がコミットした思想に挫折して深く傷つくという現象が圧倒的にコミュニズムという思想の場合におこるということは、非共産主義者としての私は私なりに反省させられます。自称自由主義者や自称民主主義者には、およそ思想的挫折などとは無縁な「現実主義者」が圧倒的に多い。挫折の病理面をみると同時に、そういう「現実主義者」の盲点も見すごせない。思想というものがとかくお化粧や衣装みたいなものとしてしか受け取られていないのが、まさに日本の「イデオロギー」状況の大勢なので、だからこそ、その盾の半面として、そんなものはいっそみんな脱いで裸になれというストリップ主義にすぐ傾斜する。イデオロギーなんて幻想なんだというそういう思想的「偏向」を持っているんだという自覚がないのがいわゆる現実主義者で、そこらにゴロゴロある。



梅本克己・佐藤昇・丸山真男『現代日本の革新思想』、丸山の発言より。


※原文にある強調の傍点は太字に直した。

国語に弱い人と歴史に弱い人

わたしは漢字に弱い。当『博愛手帖』に先ほど書きこんだ文章について、即座に諸君のうちでも賢明な何人かから「“上意下達”が“上位下達”になっている」および「“佐藤優”は“佐藤勝”じゃありません」という二点の指摘を受けた。これでは国語のテストも赤点、麻生太郎とともに漢字書き取りドリルを居残りでさせられそうな体たらくである。だから誰にもバレないよう、こっそり書き直しをしておいた。


しかし「我々」の麻生首相が醜悪だとすれば、漢字を知らないところにあるのではない。じゃあ何からその醜悪が発生するかと言えばまぁいろいろあるのだが、まず挙げられるのは歴史的事象への無知からだろうか? なにしろ、いわゆる十五年戦争期にとてつもない日本軍が東アジアで繰り広げたとてつもない出来事を知らないし、当時麻生家が誰をとてつもなくコキ使ってどれくらいとてつもなく儲けたのかについても知らないのである。無論知っていてトボけているという説もあるが、何にせよ歴史について無知なり無理解なりを示すという事は、漢字を知らないよりも、「我々」以外と付き合う際にはよほど問題になるという当たり前の話が忘れられている。わたしも前回の文章において、「世界恐慌をきっかけにドイツ共産党は一気に議会に進出し」と書いたが、手元の資料集を眺めると厳密にはそうではない(1928年の時点で議会占有率は10%以上だった)。ここも訂正しておいた。やはり首相とともに、とてつもない補習をせねばなるまいか?

21世紀の「社会ファシズム論」

1920年代、コミンテルンの共産主義者たちは、第一次世界大戦の戦場に各国の労働者大衆が大量に送り込まれ、むざむざと殺し合うのを止められなかった社会民主主義者たちに反発し、その本質が何ら資本家と変わらないのではないかと激しく攻撃していた。特にドイツにおいては、大戦後に発足した社会民主主義政府が旧来の軍人・官僚・資本家を排斥しなかったゆえ、この見解は力をもった。1929年、世界恐慌をきっかけにドイツ共産党は勢いを強め、ロシアを上回る先進工業国における社会主義政府成立への機運が高まったが、選挙では同時にナチス(国民社会主義ドイツ労働者党)も勢力を伸ばしていた。ここでコミンテルンは、ファシズム勢力の政権獲得を補完するのは社会民主主義勢力であると完全に定式化し、ほとんどナチスより社会民主主義者を第一の敵として活動するようドイツ共産党に指示した。世に言う「社会ファシズム論」である。


この「社会ファシズム論」はすぐに悪評を得る事となった。結局ドイツ共産党が、1933年1月のナチスの政権獲得を防げなかったばかりか、その翌月には国会議事堂への放火の汚名を着せられ、三桁に及んだ国会議席や大統領選で党首エルンスト・テールマンに集まった400万票が嘘のように、あっけなく壊滅してしまうためである。理論の標的だった社会民主主義者、また自由主義者や保守主義者の一部は、ワイマール共和国は共産党とナチスに左右両極から攻撃されて倒壊したと見なし憤激した。トロツキー主義者や無政府主義者も、コミンテルンの無能を非難した。コミンテルンの内部においてすら、自身の指導が「教条主義」による大失敗として問題視されるようになり、それが1935年からの「人民戦線論」の提唱につながっていく(注)。そしてこのような評価は第二次世界大戦後も変わらず、各党派はそれぞれの立場から理論の政治的失敗について言及し続ける。


ところで、ここしばらくの佐藤優は、ロシアおよびイスラエルについてのみならず、ファシズムについても専門家として振る舞い、特にイタリアのファシズムの「魅力」について熱く語っているようである。佐藤氏は、ファシズムの本義は、資本主義的システムを維持しつつその弊害を除き、国民を「束ねて」(「統制して」ではない)、一国単位で社会格差の縮小に努めるものであると繰り返す。わたしは「ファシズム」というタームをこのように要約した社会科学の辞典をいまだかつて見た事がないが……諸君、これはむしろ「社会民主主義」についての記述ではあるまいか?


実際彼は、『月刊日本』あたりで「蘇れ! ファシズム」と獅子吼する一方で、『世界』や『週刊金曜日』あたりでは「私は右翼だが社会民主主義を擁護する」という趣旨の甘言を語っている。この辺りから、佐藤氏にとっての「社会民主主義」は「ファシズム」であると受け取っても一向に差し支えないと思われる。これは21世紀の「社会ファシズム論」なのであろうか? ただしそれはもはや、共産主義者が社会民主主義者を「左から」攻撃するための定式ではない。自分を右翼と明言している人物が、社会民主主義者を「右から」包摂するものである。無論これは、現代日本に一本筋の通った「社会民主主義」の「イデオロギー」を保持している人間がいればの話であって、実質的にはそれよりアヤフヤな「リベラル(左派)」ないし「市民派」を標的としたものと言えよう。


佐藤氏の概念操作の奇妙さに疑問の一つも出せないだけでなく、喜んでそれを受け止めるのだとすれば、現代日本の「リベラル(左派)」ないし「市民派」は往時のドイツ共産党に似てくる。ファシズムと社会民主主義の両者に何らかの相違があるという見当が自前でつかず、権威とされる(自称する)存在のご託宣に唯々諾々と従うという点で。しかし現代日本の「リベラル(左派)」ないし「市民派」の場合、自分が何者なのかすらよくわからなくなっているのではないか。共産主義者には上意下達の問題があったが、現代日本の人々の場合は、その原理が本来相容れないはずの外部の、中でも最もいかがわしい雰囲気を持つ人物に、自身の陣営の知的・精神的基盤(安泰)を全面的に担保してもらっているのである。「左翼」ばかりか、「市民」がこれをいぶかしく思ったとしても文句は言えまい。ドイツ共産党員は、ナチスの側から「君たちは我々と話し合いができますよ」などと、自身の存在を認可してもらう必要を絶対認めなかっただろう。


と、ここまで書いてさらに思いついたのだが、ひょっとすると1920年代のドイツにも、社会民主主義とファシズムを一つのものとして、両者の運動に寄生し生き血を吸っていた佐藤氏のような政治批評家が存在していたのではなかろうか。もしこの想像が当たっているとすると、少なくとも純理論的には80年前の「社会ファシズム論」は根拠があった事になり、コミンテルンがそれを提唱するにあたって最終的に裁決を下したであろうところのヨシフ・スターリンも正しかったと言う事も出来るようになる。「あの」スターリンが。なんたる事であろうか。





(注)現在の日本で「人民戦線」的なものの樹立をより熱心に唱えているのは、共産党でも社民党でもなく「リベラル(左派)」ないし「市民派」のように思われるが、彼らは「話の分かる保守」を仲間に組み込まないと話にならないとやたらに考えているようである。しかし、1930年代のフランスやスペインにおける人民戦線政府の瓦解には、共産主義者と社会民主主義者の対立もさりながら、「ブルジョワ的」な勢力の動揺と離反もまた大きくあずかっていたのではないか? 大衆的左翼が「反ファシズム」のための結集軸を「階級」でなく「国民」に置いた事に対する、当時のトロツキー主義者や一部の無政府主義者の批判については、再考される価値がある。

続きを読む »