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孤独なボルシェヴィキ

わたしが全日本学生自治会総連合、すなわち全学連の初代委員長・武井昭夫の名を始めて知ったのは、2007年の冬に雑誌『前夜』に載ったインタビュー「日本映画にみる戦争・戦後責任と天皇制」を通じてであった。いわゆる「十五年戦争」に題材をとった映画のほとんどが被害者意識にまみれ、自国の侵略行為には言及しないという詐術的要素を持っていることを、何ら容赦なくバッサバッサと切り捨てる様を見た時には、「この爺さん何者?」と少なからず驚かされたものである(注1)。以来わたしは、近所の図書館などで彼の本を何冊か探し、年代的にはまったく飛び飛びながら読んでみたのだが、そこで気づいた点がある。それは、彼の問題の立て方が「古典的マルクス主義者」のものであり、それが長い活動歴の中でも基本的には変わっていないことである。ここで言う「古典的マルクス主義者」とは、ブルジョワとプロレタリアという「階級」の対立が現代世界に生じる矛盾の根本原因であると見なし、後者の前者に対する闘争に際してはその先頭を切って知的・政治的闘争を組織化する「前衛」が必須であることを強調し、その運動の総合的な目標としては資本主義システムの個々の手直しにとどまらない「社会主義」を掲げている人物、といった意味である。このたび出版された武井氏の最新刊『武井昭夫状況論集2001-2009 “改革”幻想との対決』(スペース伽耶、2009年)においても、これらのタームは真剣な論議の対象として扱われている。


本書の冒頭を飾る2001年の論説によれば、森首相から小泉首相に政権がバトンタッチされただけで内閣支持率が一ケタから90パーセント台までに挙がったことは、人民が持つべき階級意識を失い、情報産業の操作によって容易に動かされる存在に成り果てている証左である。「無党派層」の増大もいわゆる「55年体制」の崩壊のきざしとして喜ぶべきことではなく、資本主義への対抗勢力が示すべき変革のプログラムを示せていないだけのことである。その結果として労働者や市民は、「政治的ニヒリズム」と「盲動的ポピュリズム」を振り子のように行き来する、自己と社会の変革への道を見失った「民衆」へと衰退している。


自民党系であれ民主党系であれ、「社会主義の終焉」を主張し資本主義体制を護持しようとする政界やマスコミのイデオローグ(具体的には、塩川正十郎と船橋洋一の発言が挙げられている)の思想的攻勢に対し、人民は知的に自己防衛する必要がある。ゆえに「前衛」が必要となる。武井氏は本書の到る所で共産党を批判しているが、その理由はまさに彼らが本来あるべき「前衛」ではないからである。現在「共産党批判」なるものは升で計って売るほどあるが、この80歳を越えた老人は「革命政党」としての再生を本気で熱望しているからそうしているのであり、「党などいらない」とは決して言わないゆえに「古典的」なのである。今の共産党指導部が執着しているのは、選挙の際には自己の小さな支持票を固め、その場その場での「無党派層」をかすめ取ることでしかない。彼らは特に1970年代以降、選挙戦における集票技術を高めたのと比例して、職場・地域の現場を戦うことからは撤退し、またそれらを通じて階級的な状況認識を労働者に拡大することを忘れてしまった。しかしそのことは、現在において彼らの議会主義そのものも頭打ちにさせている。本書では、先の衆議院選前の「『蟹工船』ブーム」なるものには触れられていない。それによって「民衆」が人民のレヴェルに成長してきているわけではないと踏んだからであろう。確かに、今年の衆議院選挙で「無党派層」が大挙して投票したのは、民主党や「みんなの党」(この名前は、彼らが「みんな」なる情緒的タームに溺れている「民衆」を取って食う政治結社であることを意味している)であり、「ブーム」など消し飛んでしまった。


彼我の力の格差はあまりにも大きい。よって「古典的マルクス主義者」の当面の戦略的目標は、新社会党や社民党といった他の左派政党や、個別問題に取り組む各種市民運動といった、広い意味での「革新」勢力の共同戦線を組み、日本国憲法9条を擁護することに置かれよう。この辺りは、少なくとも形式上は共産党が現実にとっている政策ではあるのだが、彼らは2007年の都知事選の際も示されたように、護憲を唱えながらその潜在勢力を最大限に引き出すどころか、自党の政治的地歩の拡大という勝利(選挙の勝利ですらない)のみを目指し、人民の勝利を捨てていた。階級的位置づけを伴った大衆闘争を捨てた党の「国民主義化」によって、自身の「セクト主義」が克服されたわけではなく、両者が表裏一体の関係になっているのである。


その一方で、2000年代に入り『赤旗』にも堂々と登場するようになった、小田実や鶴見俊輔といった「市民主義者」(注2)に対しても、武井氏の批判は激しい。かつて「市民主義者」は、政党が参加する労働運動とそうではない市民運動を対立するものとして扱い、後者を賛美してきた。しかし彼から見れば、そのやり方はむしろ双方に損害を与えている。また、こうした「市民主義者」は市民の組織化を軽蔑するジェスチャーをとっていたはずなのに、現在では既成の組織にタダ乗りしている。すなわち、小田・鶴見両氏が顔になっている「九条の会」の活動の多くは、前々から彼らがさんざん文句を垂れてきた共産党の人々によって担われているではないか。神輿に乗る人担ぐ人とはよく言ったものだが、互いの主張の相違点をうやむやにすることが共同戦線の前提ではない(注3)。党が都合のよいときだけ「市民主義」に傾斜する頽廃と等しく、今さら鶴見氏が「実は共産党を支持していましたのでござりまする」とばかり党関係者相手におべんちゃらを振りまくのも頽廃である。武井氏は「市民主義者」が自分の主張に従わないからではなく、その「非原則的性格」に立腹しているわけである。


もっともわたしにとっても、武井氏の「階級的知性」の濃密さはなかなかくたびれるものがあるし、それがあまりにも「古典的」にすぎると思える部分も多々ある。たとえば彼は2004年の講演において、ミシェル・フーコー、ジャック・デリダ、アントニオ・ネグリらの理論に対する認識不足を課題として挙げてしているものの、その後の彼の文章および彼が主軸となっている『社会評論』誌において、こうした人士の理論が本格的に検討・摂取された形跡は見られない。先に挙げたような彼らの「古典的マルクス主義」に基づく状況分析が、大きい枠組としてはまったく妥当である反面、細部においてはいささか平板な印象をも与えるのは、この辺りにも原因があろう。武井氏が危惧するように、西洋の思想家たちの紹介が日本においては「心情的左翼」の浪漫主義を満たす次元に留まっているという事実は否めないものの、本気で彼らが「21世紀の社会主義」を目指すのであれば、カール・マルクスが19世紀前半までの理論から打ち立てた「古典的」体系とともに、20世紀後半に出現した理論の征服をも目指さなければなるまい。


また、「社会主義」を標榜する(した)諸国で行われる(行われた)明らかな失策の一切をも、社会主義建設の過程における矛盾として飲み込むような「合理的解釈」を無理にしているところがある。もちろん他国の「社会主義建設」に対し、保守主義者や極右と同じような基準による意味づけを左派の側でほどこす必要はない(放っておいたって向こうからイデオロギー闘争を仕掛けてくる)し、現在の日本共産党または多くの「新左翼」くずれのように、「現実の社会主義」の存在を「歴史的巨悪」とのみ捉えることは、結局は自身の存在基盤を掘り崩すことにしかつながるまい。未だに自身の属する国で「革命」を起こせないままでいる「先進国」の「ラディカル」左派が、先に「社会主義」を唱えて確立された「革命後の社会」(武井氏が評価するポール・スウィージーの表現)のあり方を、どのような立場からどのように批判または支援し得るかというのは、ロシア革命によって提出された巨大な宿題であるとはいえ、武井氏もそこで足踏みしている感がある(注4)。本書の最後に置かれた、2007年に彼が行った十月革命90周年記念講演のための覚書を読み、ナチス・ドイツ打倒にソヴィエト連邦が大きな役割を結果として果たしたことには同意するにしても、当時それを率いていたヨシフ・スターリンの総体的な業績はやはり一種の「反革命」として捉えられるべきであろうと考えるし、その逆にペレストロイカが「反革命」の表出として解釈されているのにも肯定しがたい。また武井氏らは、日本における社会主義運動の国際性の薄さへの懸念から、「新たなインターナショナル」の実践を試みている存在として、近年はギリシャ共産党を紹介している。しかしこの党の人々による歴史の総括を見ると、スターリン時代のソ連で起こった数々の「反革命」事件をほとんど真実として扱っていることなど、ほとんど眩暈を催させる部分がある(注5)。武井氏を「スターリン主義者」と呼ぶ人がいるわけである。


ただし、「スターリン主義者」といっても色々ある。この罵倒語には、「スターリンを評価する人」「状況に右顧左眄する追随者」「権謀術数を弄ぶマキャヴェリスト」といった幅広い願意があるが、武井氏は最初の定義にこそ当てはまるものの、あとの二つにはあてはまらない。良くも悪くも彼は、「古典的マルクス主義」に忠実ゆえに、ソ連が消滅しようとその発想は変わらないし、彼の芸術や社会をめぐる論戦のスタイルは、裏工作にたよらず相手を正面から論破するというオーソドックスなものだった。むしろ、このような人物が「スターリン主義者」だとすれば、実は日本史上において「スターリン主義者」なるものはほとんど存在しなかったようにすら思えてくる。


武井氏のような人物は、現在の日本において驚くほど孤立した存在である。諸君はこれをどう見るだろうか? 飢えた野犬の如く民主党の投げた骨に群がる「リベラル」にも、指針を全く失って他人に自身の病的幻滅を伝染させることにだけに憂き身をやつす「新左翼」くずれにも、彼は全く同調しない。むしろ共産党が「前衛」と呼ぶに足る積極的活動を試みていれば、彼は人生三度目の入党を果たし、喜んでその「社会主義」のための闘いの最前線に戻ることだろう。彼の孤立はおそらく「光栄ある孤立」でもある。






(注1):『前夜』第一期10号。岡本喜八の監督作品『肉弾』の面白さを教えてもらった事にも感謝したい。


(注2):武井氏に言わせれば、これらの人々は「“市民主義”主義者」となるが、この表現はあまりこなれていない。彼らは「組織化」自体を「セクト主義」として否定しているが、この反(左派)組織化が心情的集合の原理となっているという意味では、「“市民主義”という名のセクト」化が生じているとでも言えるかも知れない。ところで鶴見氏など元ベ平連の中心メンバーの生き残りは、かの「在特会」などに集う現在の「市民」をどう捉えているのであろうか。


(注3):わたしは以前にも触れたように「人民戦線」的な発想には疑問があるが、武井氏の言うような形での護憲同盟――たとえば社会主義者は社会主義者、自由民主主義者は自由民主主義者として知的独立を保ち、それぞれの理論を戦わせながらさしあたっての共同目標を達成する――ならば必要であろう。「九条の会」をはじめとする、近年の革新政党と「市民運動」の合作的運動には、その運動内においても外部に対しても、緊張感が欠けているように思われる。武井氏は、この会の事務局長である小森陽一の発言を取り上げ、「平和を願う自分たちがもともと多数派なんだから負けるはずがない」という風に、運動を鼓舞しようとするのはおかしいと指摘する。確かに現状の護憲派は、政治的実力という点では劣勢であることは厳然としており、それでも改憲派および彼らに引っ張られる「民衆」に負けず戦うための背骨を鍛えなければ、運動は「負け組同士の馴れ合い」となるか、さらには国益主義の軍門に下り、「国民外」の人々からは「利権運動」にしか見えないものとなるだろう。武井氏と小森氏は、それぞれの希望を実現させるために常に前向きな姿勢を示しているという点で、両者ともに一種の「オプティミスト」である。しかし、前者が状況の劣悪さを自陣営に周知徹底しながら「明るい」のだとすると、後者は自分たちが「明るく」なるための言説を愛想よく内外に振りまいているだけである。


(注4):20世紀に「社会主義革命」が起こった国々の大半は、領土上は一定の規模を維持しつつも、経済的には外国資本が強く浸食していた準大国(ロシア・中国)や小国(東欧)、さらにはかつての被植民地諸国であった。「先進国」の人間が、その辺りを抜きにして「社会主義」の盛衰を語るのは無意味であろう。それにしても、中国や朝鮮における「スターリン主義」への批判が、いつのまにか外国の政治体制そのものの打倒に結びついている、ほとんど極右の発想に近づいた日本の「左派」とは、一体何者なのだろうか。


(注5):ギリシャ共産党中央委員会「社会主義に関するテーゼ」(『社会評論』157号、2009年)。逆にここまで「古典的」な人々が、議席占有率では低いが一応「第三党」になっているというのが不思議である。余談だが、ギリシャ共産党の公式サイト(英語版)を見たところ、諸外国の共産主義を標榜する政党への“Red Links”が置かれている。そこではアルバニアからヴェトナムまでABC順に、アメリカ共産党キューバ共産党も、また朝鮮労働党(ただし入れない、閉鎖?)も日本共産党もひっくるめて、それぞれの内実はさておき「インターナショナル」にリンクが張られている。偶然かも知れないが、日本共産党のサイトのリンク集では、国内の自党議員や関係団体ばかりが紹介にあずかる一方、海外の左派勢力や対抗言論に関するサイトへは全く飛べないのと対照的である。





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