「中東革命」は誰のものか、または匪賊対革命ごっこ(補足☆)

これまでの一連の記事でつたなくも紹介してきた、リビアへの「人道的介入」に対する(元宗主国)イタリアの懐疑派は、いずれも反乱側のトリポリ入城(8月21日)以降に様々なコメントを書いている。わたしはそれらを集め、先週の土日の空き時間はほとんどそれらを読むのに費やした。こうした少数派はどれも共通する主題を扱い、その問題性を指摘している。すなわち、内戦の「最終段階」に入っても、西欧諸国当局及び情報産業による「虚偽の情報」の流布が、相変わらず続いていることへの糾弾である。おかげで、前回の一文において「次回予告」として記したような、この戦争から自分なりに得たものについてはなかなか書けないままでいる。


たとえば、この「『中東革命』は誰のものか」シリーズの最初の「補足」で取り上げた、イタリアの平和運動団体「ピースリンク」のAlessandro Marescottiは、国営放送の24時間ニュースチャンネルである「Rainews24」が「NATOの戦争」に奉仕しているとして抗議する公開書簡を、8月22日づけでサイトに発表している。さらに翌23日づけの記事「“カダフィはあと数時間”――マインド・コントロールおよび情報戦の軍事技術は現在も作動している」では、すでに2月の時点から「カダフィ政権はすぐに崩壊する」という情報が振りまかれており、大佐側のしぶとい抵抗によってこうした幻想が崩壊しそうになると、そのたびに反乱側にテコ入れがなされるとともに、また「カダフィ政権はすぐに崩壊する」という幻想が振りまかれるという、西欧諸国とその情報産業の合作のエスカレーションについての指摘がなされている。ここでは、そうした「情報戦(Information Warfare)」の一証明として挙げられている、タイムラインの部分だけを抄訳してみたい。現文にある映像へのリンクは省略し、わたしの補足は〔〕に収めた。


http://www.peacelink.it/mediawatch/a/34549.html


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2010年3月12日:
 ベルルスコーニ、カダフィの手にキスをし、あとでジャーナリストに語る。「私は強いガスコーニュ気質の持ち主でね」


2011年2月19日:
 ベルルスコーニ「カダフィからはまだ何も聞いていない。状況は展開中であるから、私には誰を邪魔することも許されない」


2011年2月28日:
「カダフィはあと数時間」〔との報道が出始める〕


2011年4月16日:
 ベルルスコーニ「我々はリビア爆撃には参加しないだろう」〔当初は基地の提供など後方支援にとどまるということを表明〕


2011年4月30日:
 反乱側が、セイフ・カダフィが死亡し、その父は逃亡したとするニュースを流布。誤報。


2011年5月4日:
 ボッシ〔ベルルスコーニ派「自由の人民」とともに政権にある「北部同盟」の指導者〕は議会にて、イタリアの軍事活動の期限が切れたと主張して豪語。「北部同盟は勝利した。さらに強固である」〔軍事活動を制限・停止する方針を含んだ動議を与党で可決〕。NATOは北部同盟の発言を否定。NATOの事務局長アナス・フォー・ラスムセンは、リビアのカダフィ政権に対する同盟の軍事作戦が終了するまでは、はっきりした時限はないと強調。


2011年5月12日:
 フラッティーニ〔外務大臣〕「カダフィはあと数時間」


2011年5月16日:
 フラッティーニ「政権はあと数時間」


2011年5月22日:
 「カダフィ政権に残されているのは数時間」。フラッティーニ「我々は完全に時勢に乗り遅れている」


2011年6月9日:
 フラッティーニ、イタリアは反乱側に4億ユーロまでの現金を保証すると声明。


2011年6月18日:
 反乱側「資金が尽きた」


2011年6月29日:
 フランス、反乱側に武器を供給(国連の禁止事項に違反)


2011年7月6日:
 ラスムセン(NATO)「カダフィはゲーム・オーバーである」


2011年7月14日:
 ヒラリー・クリントン「カダフィはあと数日」。ところが『レプッブリカ』〔イタリアの「中道左派」を代表する有力全国紙〕の記事のタイトルではこうなる。「クリントン“カダフィはあと数時間”」


2011年8月21日:
 反乱側がトリポリに進入。カダフィの死亡写真が流布する。多くの新聞やウェブサイトのタイトルになる(例:『ウニタ』)。これも誤報。


2011年8月22日:
 フラッティーニ「セイフの拘束はカダフィ政権の終焉への道である」。間もなくセイフ・カダフィが記者会見に出現し、フラッティーニに反論。



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マレスコッティ氏いわく、これらは「グーグルでひとつ検索すれば見つかる」簡素なものだが、当初は首相が多少なりとも戦争に消極的だったにもかかわらず、一度戦争に巻き込まれれば「毒を食らわば皿まで」とばかりに支援=軍事活動への参加が進んでいき、そうした状況を「中道左派」系ジャーナリズムもまた追認していった、イタリアの状況が伝わってくる。「マインド・コントロール」という言葉はいささか激しすぎるようにも思うが、こうした「情報操作」の動向が一種の催眠効果を生んだことは疑いえない。同じように、2月から今日までの間にカダフィ大佐が外国の大使館(ベネズエラ以外にも)に何回亡命しているか、セイフ・エル=イスラム氏のような大佐の子息たちが何回拘束されているか、カウントし直すのも一興であろう。たとえ今の時点では「虚構」でも、戦争に勝ちさえすれば「真実」だったことになる(カダフィは実際に追放できたのから、すぐにでも追放できると言い続けていたまでだ!)し、帳尻が合えば何度誤った情報を自分たちが広めていたかもみんな忘れてくれるだろう。メデタシメデタシ――そう言わんばかりの何かしらが今日まで続いているわけであるが、これは「報道」の名に値するものであろうか。


同じ「ピースリンク」のサイトでは、当シリーズの「夏休み特大号その2」で紹介したMarinella Correggiaによる寄稿も読むことができる。コッレッジャ氏もまた「Rainews24」を問題視しており、8月22日づけの「Rainews24へ:あなたたちもNATOの虐殺を無視し、水をかき乱すのか(誰もが勝者の戦車に乗る)」と題されたごく短い記事では、同局の姿勢が「ファルージャの時とは変わってしまった」ことを嘆いているのだが、そこで補足としてつけられた添付ファイルの一文が興味深い。


彼女によれば、反乱側のトリポリ入城直後における「主流メディア」の報道が「トリポリの歓呼の声」で全部横並びなのとまったく逆に、同地在住の彼女の知人たちの証言は「NATOと反乱派が物騒でそれどころではない」で全部横並びである。公的な人物のものではない、「私の知り合い」の証言にはその枠に付随する当然の限界があろう。しかし、この文章の前半で彼女が浮かび上がらせている通り、現在報道産業がこの戦争について流している情報の多くが、公正性はもとよりそれ自体の内的整合性にすら欠けていることもまた鑑みなければならない。原文は、誤字脱字もあり分かりづらいところが見られるとともに、奇妙な指示の形跡――この文章が添付ファイルのそれなのに、何か所かでは「添付ファイルの証言を参照」とあり、拙訳はそこだけ「中略」としてある――など、おそらく一気呵成に書き起こされたゆえの未整理な部分がそのまま残っているものの、そうした急ぎ足の部分も含めて示唆するところが大きいと考える次第である。


http://www.peacelink.it/mediawatch/docs/3872.pdf


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リビア:メディアによる最新の虚偽と怠慢、および電話による証言


8月23日
マリネッラ・コッレッジャ



眠れぬ夜の虚偽(そして1945年以来まったく爆撃を受けていない、幸運なるイタリアの空の下で)。メディアが殺戮の手助けをしていた、嘘のニュースとともに始まり続けられた一つの戦争における、最後までの虚偽と高慢。とりわけこの数日において、無人飛行機とアパッチ・ヘリコプターによってNATOが完遂した殺戮が、この勝利の原因となったことを説明しているのは、ロシアのテレビ局RTとベネズエラのテレビ局Telesurだけである。リビア人民には民主主義がふさわしい、イギリスのキャメロン首相はそう言う。リビア政府によって提起された、国際監視下における自由選挙という提案を、NATOと「反乱勢力」が、先立つ月々において却下し続けていたことは、残念なことである。




いつものメディアはこう言う


「ヴォルテール・ネット(Réseau Voltaire)」のTierry Meyssanが告発しているように、〔反乱側の進入の際に〕NATOはトリポリで殺戮を行い、爆撃による死者は数時間で1300人に上る。しかし『レプッブリカ』オンライン版は、カダフィが群衆を爆撃すると書いている。まったく正しいタイトル、説明もなく、調子を狂わせることのないようにする正しいやり方だ。同じ『レプッブリカ』にとっては、主権国家の正規軍の一員――大量殺害された――は兵士と呼ぶにまったく値せず(彼らは常に「狙撃兵と傭兵」であった)、いまや反乱者たちが「暫定評議会の兵士たち」と呼ばれ、逆にリビア兵士の生き残りには「カダフィの護衛兵」という汚名が着せられる(彼らはNATOには殺されない)。(この点について、暫定評議会の一員であるジブリールは、武装に身を固めた彼の「青少年諸君」に、自分たちの節度を示し、外国人と彼らを支持しない人物に危害を加えないようアピールしている。前もって予想されたリスクである)。


『ウニタ』はトリポリが「蜂起した」と書いている。実際には、市民すなわち非武装の人々が家に身を隠している間に、NATOの飛行機の援護の下でいわゆる反逆者によって占領されたのである(電話で得られた証言を参照)。


反乱側と一緒に山を降りた『コッリエーレ・デッラ・セーラ』の御用記者〔embedded〕は、Zawyaの「解放」後に「トリポリが立ち上がった」と大げさに説明している。この時、実際に爆撃によって町が倒されていたのであった。


Rainews24は? 「ピースリンク」が抗議している。「あなたたちの報道は、NATOの爆撃の役割を隠蔽することで、反乱側が単独で人民の歓呼によって陽気にリビアが解放されたとしています。NATOの反乱側への軍事的支援を想定していなかった国連決議1973号の意味をすり替えています。トリポリへの途上の虐殺に沈黙しています。NATOの視点から(そして黒人傭兵と狙撃兵の話を常に繰り返すことで)支配的に語っています」。


『ファット・クォティディアーノ』〔人気の新興タブロイド紙の一つ、ポピュリズム・反ベルルスコーニ的色彩が濃い〕も語るに落ちている。「輸送とカオスと政権の終焉を祝う数百人のリビア人によって、暫定評議会の前進に遅れ」(数百人、数百万人の住民がいる都市の!)。「反乱軍の到着を祝い表に出たトリポリ市民」。しかし写真はベンガジからのもの……


存在しない祝う人々を示すために、CNNはベンガジからではない祭りの写真を使う。一方でレポーターは「空っぽの通りが見えます」と言うのだが、君主の旗を振って祝う群衆のイメージが、トリポリを喚起する。別の中継では、ヘルメットをかぶったレポーターが――カダフィの狙撃兵の危険という聞き飽きた話を繰り返しながら――通りに誰一人市民がまったくいないと説明する……それなら誰が祝っているのか? 武装した人々である。そしてタイトルは「NATO、カダフィに市民が射撃される可能性を危惧」。つまり彼はハトを撃ちに行くというわけだ。


ヘルメットをかぶったアルジャジーラの女性記者は緑の広場(すでに名前は消されている)から、リビア人民の祝祭(それとカダフィのいつもの狙撃兵の恐怖も……)について語り、「数百人の人々をご覧ください」(数百万人が住む都市の、である)……肩に君主の旗を担いでいるのは武装した反乱側なのだが、彼女にとっては彼らが市民であり「人民」である。「どれだけ市民が興奮しているかおわかりでしょう、いま彼らは首都を支配下においているのです」。市民と武装した人々の意図的な混同が、この戦争のライト・モティーフである。バグダッドで同じように、サダム・フセインの彫像が二人のアメリカ海兵隊員によって倒された日、そこにいたイラク人は数十人を数えるだけだった……見たことある映画じゃないか。


CNNは朝、いつもインタビューに出てくる英語の達者な19才のリビア人女性と電話する。彼女は42年の後にして、自由に電話で話せるようになったと言う(しかしながら思い出されるのは、カダフィへの反対派たちが数週間前に、私に自由の欠落を訴えかけたのみならず、「病院は機能していないし、英語をまともに学べる学校も存在しないのです」としていたことだ!)。ところでテレビは「でも道には人がいませんし、戦士だっていませんよね?」と彼女に尋ね、彼女もそれを認める。じゃあ、祝う群衆は?


ロイターもこう書いている。「反乱軍トリポリに進入、群衆が祝う」。どんな群衆が? ビデオも写真もない!




証言者は語る


数週間前トリポリで出会った人の多くの電話は応えてくれない。たとえば、チュニジア人女性のRafikaは、イタリア語を達者に話し、Tebbe病院の食堂で働いていたが、いまそこにどれほどの負傷者がいるのか誰が知ろう〔中略〕。しかし何人かは電話に出てくれた。


3年前からトリポリで生活しており(中国人と働いていた)、数週間前には真実が世界にどう説明されているのかについていら立ちをあらわにしていた、ニジェール人の青年Mohamedは、現在家に身を隠している〔中略〕。「私たちもまた無力だ。誰もが武装し戦っているところでは、武装していない人は外に飛び出すことができない。恐ろしいがじっとしている他はない。また殺戮がないように願うばかりです」。昨日彼はこう言っていた。「彼らは私の家の近くも猛烈に爆撃した、大きな土煙が舞い上がり、息もできない。ラマダーンだから、私たちは家にいて、祈っている」。最新の展開が起こる前のおとといには、こう尋ねていた。「それにしても、8月8日と9日にかけてのNATOの爆撃によって、Meyerで85人が虐殺された映像を見ましたか? 自分はショックを受けたし、この点について国際メディアが何も語っていないのはなぜなのです」。


土曜日の夕方も脅えていた、パキスタン人のキリスト教徒であるNathanielは、すでに数週間以上前にも、もしイスラーム主義者がやってきたら、リビアに21年いた後で家族とどこに行けばいいのかと訪ねていた〔中略〕。「マイ・シスター、ここは引き続いて爆撃され、反乱側も迫っているようだ……何をしたらいいのか、どこに行けばいいのか、誰が私たちを守ってくれるのかわからない。教会と連絡を取ろうと思う」。今日、彼の携帯電話が閉じられることはないだろう。


Daraの教会が略奪に遭ったらしいとNathanielが(今はイタリアにいるマルティネッリ師が)知ったら……こう言うのは、アメリカにNATOと反乱側の戦争犯罪について伝えるため、夫ともに数か月前からトリポリに滞在しているアメリカ人のJoanneである。「私たちは、トリポリの中心のCorynthiaホテルに閉じこもっています。誰も外に出ようとしません。アパッチが多くの人を殺しており、反乱側も重武装……外国人を避難させるためマルタから船が来ましたが、反乱側に遮られています」。トリポリにとどまる唯一のイタリア人企業家で、Tajuraに住むTiziana Gamannossiも家を閉じている。「家は閉じましたが、眼は閉じていません。反乱側の入場のためのお祭り? 通りにだれもいなかったとしても、昨日私は自分を家に送ってくれる友人を見つけるのがやっとでした。偽情報はまだ続いています」。


ある石油商社で働いているリビア人のHanaも、親戚の家に閉じこもっている。「移動してきたのは、私たちの家がBab El Azyzyaに近すぎるからです」、ここは静かだが道にはだれもいない。家の近くでは見なかった、アパッチも飛んでいるのが見えたと彼女たちは私に言った。「ええ、水も電気もあるし、食料も十分です。まだラマダーンで断食していますから……月末までは。これがなくなったらとは思いもよりません」。


イギリスの若き独立系ジャーナリストである、Lizzie Phelanの持っていたブログは遮断された。「トリポリに到達した反乱側の中に、明らかにアルカイダがいるようだという事実を、ロシアのテレビRTで告発した直後です。ここRixosホテルの周りの今の状況は平穏です。しかしこれから何が起こるかは分かりません。我々外国人は、どこか大使館に行くために待っています。おそらくロシアのそれに」。


Rixosホテルの机に置かれたコンピュータと数ヶ月前から「住みこみ」、ジャーナリストたちや各国の代表団と難しい関係にある広報官Mussa Ibrahimを助けようとしていた、40才のリビア人男性であるZinatiの電話からは応答がない。「私が2月にここへ戻ってきたのは用事をかたづけるためで、数年前から暮らしているカナダへ再び発つつもりだった。だが私が残っているのは、このまま放っておくことは出来なかったからだ」。彼は数週間にそう語っていた。



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いちいち思い起こすのもバカバカしいのだが、「セイフ・エル=イスラムら拘束」という情報をある媒体で読みながら、同時に別の媒体でその当人が笑顔さえ見せながら自派の陣頭指揮を取っているのを目撃したという人は、諸君の中にもいるのではないだろうか。一方で「カダフィの狙撃兵が子供を撃つ」という、突然にすぎる風説は流布し続け、多くの場合、公表された媒体に訂正なりお詫びなりも載らないまま残っていく。一方でこうした情報産業は、小規模の独立系(のさらに一部)が伝えるような話題、たとえば「反乱側の黒人迫害」などについてはなかなか触れてくれない。むしろこういう悲惨な事例が「間違いでした」と、疑うべくもない立証とともに知らせてほしいものである。


それにしても、これらが意図的な「虚報」ではない「誤報」であるとすれば、恐るべきものがある。「現場の混乱」で許されるレヴェルはとうに超えており、常識的にこうした記者連中はまとめてクビを切られるのではないかと思うのだが、各国で「名門」とされるような大手新聞雑誌テレビにおいてそういった動きがあるとはとんと聞かない。労働組合が機能しているゆえにそうなっているのだとすれば、彼らは仲間に職業倫理を遵守させ記事の品質を維持した上で、職を確保するべきである。そうでなければ、彼らが戦争遂行勢力との一体化を指摘されても仕方がないだろう。


21日からしばらくの間、わたしはいくつかのツィッターで「リビアの重大事態を前に芸能ニュースばかりやってる場合か」という種の声を見た。しかし、NATO諸国の24時間テレビニュースにかじりついていようとも、島田紳介と暴力団との交友関係という話題の箸休め程度にのみこの話題を目にしていようとも、その主体が今回の報道の質のあり方を把握していない限り、どちらにせよ「刷り込み」が続くだけである。トリポリを脱出したというカダフィ大佐らに対する、反乱側の「最後の一戦」(いかなる意味で「最後」なのか?)と、相変わらず続く「人道的介入」の意味について「我々」が考える上では、そのような「刷り込み」がむしろ拒絶されなければならない。





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引用(17)

――リビアで何が起きているのでしょうか?
――起きていることとは、NATOが起こしていることですよ。



※2011年5月、ジョヴァンニ・マルティネッリ師への「PeaceReporter」インタヴューより