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何を考えた復刊?

最近は一般的な書籍だけでなく、マンガの読者の高齢化も進んでいるのだろうか、マンガを大きく扱っている本屋に行くと、1970年代の古い作品の復刊が結構目立つようになっている。かくいうわたしも、横山光輝の『時の行者』(1975年―1979年連載)が、作者の生誕80周年を記念した全4巻の「新装版」として出されていたのを見かけて、つい購入してしまった。日本の戦国時代から江戸時代にかけて起こった数々の事件に、「時の行者」と呼ばれる未来から来た少年が立ち会っていくという、SFの衣装をまとった歴史マンガである。表現は地味だが、一コマ一コマごとの絵柄もカメラワークも実に丁寧かつ端正で、現代マンガにあふれている種のコケオドシはない。傑作とまではいかないが、作者の力量は十分に確認できる作品であると思う。ずっと昔に立ち寄った理髪店の客待ち席の書棚に、新書サイズの古い版が中途半端に一冊だけ置いてあったのを読んで以来、作品の全体像が気になっていたので、今回の復刊で読めるようになったのを一マンガ読者としてわたしも喜んでいる。


しかし、この新装版『時の行者』には同時に、嘆かわしいこともある。鞍掛俉郎なる「歴史ライター」が、「『時の行者』歴史探訪」と題する1200字ほどの文章を各巻末に書いているのだが、これがヒドい。たとえば第1巻の文章では、徳川家康の近臣として有名な本多正信・正純父子について(与えられたスペースからすると明らかにバランスを欠くほどに)字数が費やされているのだが、その中で記述対象の名字を間違えている。書き手は「ほんだ」親子の名前を三度出しているが、「本田」表記が二つなのに対し「本多」表記は一つである。まさかとは思うがこの「歴史ライター」は、「ほんだ」家を「本多」と正確に認識していながら「本田」と打ち間違えたのではなく、「本田」と誤って思いこんでいた上に「本多」と打ち間違えたのであろうか。また、「本多」親子を家康の「股肱」とする中で、この「股肱」という文字に「こうこう」とフリガナをふっている。わたしの使っているパソコンソフトでは「ここう」で変換される文字である。『広辞苑』あたりを引いてもやはり「ここう」である。もちろんわたしは「歴史ライター」ではないので、400年前には「股肱」が「こうこう」と読まれていたのであると証明されれば頭を下げるほかないのだが、何の説明もない以上「わざわざ間違ったフリガナを振るとは」と吹き出すことも許されよう。


また第2巻の巻末では、寛永の飢饉についての説明がなされているが、その説明も実に雑駁である。近年の研究において、長期的な気象変動が歴史にどのような影響を与えているかについて議論がなされている――別にこの書き手の新説ではない――ことは知っているし、それ自体は興味深い試みだが、室町―戦国―江戸時代への展開を論じる際に、食糧生産量の増減に基づく戦争の増減だけがその原因であるかのように読めてしまう「説明」などは必要ない。少なくとも、こんなわずかなスペースの小文の解説で「それが戦国時代と呼ばれたものの正体である」などとデカい面でのたまう蛮勇は、歴史に対して何かしらの感性のある人間なら持ちえないであろう。第3巻以降は、こうした漢字やフリガナの露骨な誤りや自己顕示的なウンチクが一応影を潜める――もっとも内容がまったく面白くない――が、書き手の力量については理解するには上記の事例で十分である。約1200字と言う限られたスペースであれ、プロの「ライター」ならもっとマシなコラムが書けるはずである(注1)。こんな稚拙な解説もどきを読まされては、作品の余韻がぶち壊しである。


講談社は日本最大の規模を持つ出版社なのだから、マンガの専門家であれ歴史の専門家であれ、もっとマトモな思考を持ちマトモな文章の書ける「ライター」を選定し、その上でマトモな校正もできたはずなのだが、結果として出来上がった「解説」はこのザマである。 現在も横山作品を管理している光プロの側では、このような書き手が自身の「先生」に対して用意されたことに、内心では裏切りを感じているのではないかとすらわたしは推測する。しかしマンガ以外でも、かつて評価を受けた何らかの書籍が復刊・再刊される際、どうしたわけか、復刊する出版社の側からその意義を貶めているのではないかとすら思えてしまう操作を加えていることが、最近よく見受けられる。しょうもない「新しい解説」を加えるのは、そうした操作の一つである。編集者にとっては、売り上げを確保するための当然ないしはやむを得ない「戦略」のつもりかもしれないが、その本がかつて持っていた歴史的意義、再刊の時点で持ちうる文化的射程を十全に理解しているならば、少なくともこうした手合いには執筆を頼まないであろうと言いたくなるシロモノが少なくないのである。


この点でゲッソリさせられるのは、たとえばここ10年の中公文庫である。以前わたしは、三木清の『哲学ノート』の最近の改版を友人からプレゼントされ、そこには以前の版にもあった河盛好蔵の一文に加えて、長山靖生が新しい「解説」を寄せていたのだが、これがまた誰にでも書けそうな陳腐な感想文に過ぎなかったのには呆れたものである。しかし長山氏の文章は、単に「陳腐」というだけで「悲惨」というほどではない。最も呆然とさせられたのは、2006年に出された桐生悠々の『畜生道の地球』の改版に、新たに付け加えられていた文章が櫻井よしこのものであったことである。桐生は20世紀前半の日本の大ジャーナリストであったものの、彼が生きた時代における社会主義の世界的な台頭の意味についてはついに理解することなく、岩波茂雄のように「五箇条の御誓文」に自由主義的民主主義の根源を見出すタイプの人物であったから、そうした彼についての文章を書くのが彼女であることはむしろ当然と厳しく見る向きもおられるかもしれない。だが、反軍記事で『信濃毎日新聞』を追われた後もなお軍国主義体制を批判し続けた桐生について書くのが、彼が孤軍奮闘していた相手であった体制とその現代版の讃美にいそしんでやまない、日本の「畜生道」に巣食う禽獣の一匹であるとすれば、正直これは何の悪意をもってこうしたのかと糾弾するほかないであろう。「意義深い書籍や文章が新たに流通することになるのだから、この程度は我慢しなければ」という気にはなれない。「我々」が『畜生道の地球』を読みたいと思ったら、図書館ないしは古本屋を活用し、あえて2006年以前の古い版を求めるのが道理である。こうした「名著復刊」からは、実際には何も理解していない編集者が、「俺が何かしらの文化に寄与しているんだぜ」という益体もない自負に鼻を高くしている様子しか想像しようがないし、むしろ彼らの精神は復刊という行為の意義を腐食させるものである。


復刊本に対し愚劣な解説者を選ぶことほどではないにせよ、それに次いで復刊者の見識を疑わせる行為として挙げられるのは、復刊本の内容を縮退させるような売り文句をつけることである。これも様々な事例が思い浮かぶが、最近では平凡社ライブラリーによる梶村秀樹の『排外主義克服のための朝鮮史』の復刊においてすら、それが当てはまっているようであるのは残念でならない。この平凡社ライブラリー版は、原本における細かな誤りについて、適切な専門家による注釈および適切な巻末解説(著作の現代的意義についてというより、歴史的位置についての議論が中心ではあるが)が新たにつけられており、この意味では出版社はきちんと仕事をしている。5年前梶村について「彼の書いた数々の古典的研究が、文庫などで全く復刊されないというのは何か象徴的である」と記したわたしとしては、こうした復刊の動きはむしろあまりに遅かったとすら思っているし、本来は新しい版を喜んで受け入れたい。


しかしそれだけに、なぜこの本の帯に「なぜ〈嫌韓〉が生まれるのか?!」などという文句を、この出版社がつけているのだろうかという疑問が浮かぶのである。まず、「韓」という文字から「我々」の多くが真っ先に思い浮かべるのは「韓国」であろうが、大韓民国が成立する以前から「我々」は、少なくとも明治維新を経て帝国主義国家としての道を歩み出した時から、朝鮮人への差別意識を延々と醸成してきたのではなかったか。そもそも日本で「嫌韓」が話題になる以前に、「北朝鮮」に対する悪口と怪情報がとてつもない量で飛び交っていたことも忘れてはなるまい。「北朝鮮」にはもう思いつく罵詈雑言もなくなったから韓国に鉾先が向かっただけだ、とすればどうか。大韓民国につながると見られる人々への差別発言は憂慮するが、朝鮮民主主義人民共和国につながると見られる人々へのそれは放っておいてもよいのであろうか? 同じ民族差別ではないのか? 後者は「ならず者国家」でより「反日」ゆえに、何を言われても仕方がないということになるのか? 今日「〈嫌韓〉を批判する」と称する日本人の多くは、「嫌韓」というタームで差別と憎悪の歴史的・精神的広がりを「我々」の側から矮小化し、総体的な問題の把握と解決への道をむしろ濃霧で覆うような傾向を有している。それはおそらく、梶村の立場からすればまったく認めがたい。


平凡社ライブラリー版『排外主義克服のための朝鮮史』の裏表紙にも、「いまも日韓では、排外的ナショナリズムがぶつかり合い、歴史認識の断裂が埋められないのはなぜだろうか」ウンヌンと書かれているが、そもそも梶村の議論は、韓国の「排外ナショナリズム」を日本のそれと対置し、朝鮮に至ってはハナから相手にしないというような枠組みを持っていない。彼は、朝鮮半島に対して近代日本の政府と人民がいかに害悪をなしてきたか認識することを厳しく読者に要求するだけでなく、「我々」に対する朝鮮半島の人民の戦いが現在(1970年代)も南北それぞれの内で展開されているものであり、そうした彼らの反帝国主義と社会主義的民主主義の契機(注2)からこそ謙虚に学ばなければならないと強調していた。韓国、それも「親日」的なそれしか抱擁しえないという、今の「我々」にありがちな態度は真っ先に梶村の攻撃対象となりうるのである。ところが平凡社の売り文句は、この辺りの問題をまったく無視しているかのようであり、正直彼らは本の意義を生かしたいのか滅ぼしたいのかよく分からなくなってくる。自分で何をやっているのかも把握しかねている人々による、本当に偶然の産物に過ぎないとすれば、この梶村の復刊も手放しで喜ぶべきではなかろう。





(注1):たとえば、横山の作家史から見る『時の行者』の位置づけなどは、『鉄人28号』や『魔法使いサリー』の連載を直接見ているというオールドファンから、『三国志』の新書版全60巻セットだけは読破したというタイプの読者や、この「新装版」が初めて手に取る横山マンガだという少年少女にまで、広く必要なものであろう。また、この作品を純粋に「歴史モノ」として見るなら、マンガが描かれた当時の学者による歴史研究、または歴史小説家による表現と、どう接近しどう離れているかといったことも論ずることができる。いやむしろ、この作品が雑誌に連載されていた1970年代後半は、現在と比べテレビドラマにおいて時代劇が占める割合がはるかに高かった時期である。今では地上波で見られる新作時代劇というと「韓流」の方が多いくらいであるが、『時の行者』に取り上げられている事件の多くは、当時の日本のテレビ時代劇の中にも取り上げられていたわけで、それによって当時の子供たちにとっても「ごぞんじ○○」なエピソードだったと考えられるから、そういった同時代のテレビ時代劇と横山マンガの関係性を考えていくと発見があるかもしれない。


(注2):平凡社ライブラリー版の解説者もきちんと触れているが、今日において梶村の優れた著述の数々が、批判という名の誹謗を受ける、よくて敬して遠ざけられたままとなっている最大の原因はおそらくこうした点にある。




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