寒い国から来た人から見られた世界(下)

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承前


ここ近年において、地球の全体的支配への道に立ちはだかるあらゆるものを粉砕する準備を西側が調えていたことは明白となっていた。


しかし突然、力ある四つの国が、そうした強盗行為を野放しにしておくことを拒絶し、グローバル独裁が続くことを許さない決意に到った。その国々とは中国、ベネズエラ、キューバ、ロシアである。現在はさらなる国々が次第に加わっているが、彼らが中核である。


西側は公然かつ恥知らずにも、幾度もの機会をとらえクーデタを組織することで、また「反対派」に、財政援助を与え支持することによって、ベネズエラを破壊しようと試みてきた。一部には、かの大統領の暗殺にさえ支持があったと信じる者もいる。


カラカス政府に対抗して行われた中傷キャンペーンは壮大なものとなった。私はテレスール〔ベネズエラの国際放送局、2005年開設〕のためにドキュメンタリー番組を何度か制作しているが、西側が後援する反革命的暴動の高まりの中で、ある編集者が言った言葉を忘れることはないだろう。「私たちは銃砲の下で働いているんだよ!」。


その時は戦争があった、そして今も、まだあり続けている。それはファシズムと戦う、そして人類のための戦争である。このことに気づいていない人は、もっと注意を払わなければならない。


そして戦争の中では、どの側に立つかを選ばなければならない。


西側の支配者たちは、中国とロシアを不倶戴天の敵と見ている。昼となく夜となく、この二つの巨大で強力な国は、悪意あるプロパガンダ、中傷と憎悪のキャンペーン、挑発、非直接的な攻撃に見舞われている。


アジアにおいて、帝国の目標は中国の孤立化であり、それを挑発し挑戦することである。西側は文字通り、焼けたアイロンを竜の口に突っ込もうとしている。この地域における西側の二つの属国〔two client-states〕である、フィリピンと日本の双方の学術界において、このことは共通の理解である。しかし西側の公衆の中では、このことはほとんど知られていない事実である。


ならば、アメリカとその同盟国によって明らかに脅かされている中国を支持するための、西側左翼知識人による動きはどこにあるのか?


そのような動きはどこにもない! その代わりに、ある種の左派知識人がオウムのように繰り返しているのは、ヨーロッパと北アメリカの両方のマスメディア代理店によって作り出された多くの虚偽である! 中国がアジアやアフリカにおいて、帝国主義的な野望を持っているというナンセンスがそのすべてである!


もし彼らが、アフリカの人々と語るというだけの労をとるならば、彼らは中国が、アフリカの多数派から感嘆を受け希望として見られていることについて聞くだろう。彼らは「中国人はアフリカ人を人間として、同等の者として扱ってくれる初めての外国人である」という言葉を聞くことになるだろう。私が繰り返し、東アフリカ全体に広がるインフラの建設現場で聞かされたように。


しかしロンドン、パリ、ベルリンのような植民地主義の中枢において創造されるプロパガンダは、実際に消費され信頼がおかれているだけでなく、西側左翼の隊列からもさらに拡散されているものなのである! 西側は何千万というアフリカ人を略奪し、強姦し、破壊してきた。彼らは動物のように狩られ、奴隷にさせられた。それが犯してきた無数の虐殺は、レオポルド2世時代のベルギー支配下における1000万人の死者〔コンゴ〕から、ナミビアの原住民に対するドイツのホロコースト、もしくは現在のコンゴ民主共和国で、ウガンダとルワンダの同盟者たちや、自身の錯乱した兵士たちを使うことで、コルタンとウラニウムの供給を保証するために死の労働へと向かわせられる800万人の人々に到るものだ。ソマリアは不安定化させられ、マリも。悲鳴を上げ血の海に沈む国々は二ケタに及んでいる。それでも「中国は同じ野望を抱いている」とされるのである!


こうした西側左翼は沈黙しているか、自己満足にふけるかになる。そのメンバーの大多数は、中国が大きな善をなしている地への関心がないし、旅をしようともしないのである。


中国が主権を主張している地域へアメリカと日本の空軍が飛行機を飛ばし、中国を取り囲むように新しい軍事基地が建設されている時、西側左翼は何もしない。本当に何もしないのだ、北京を支援するためには!


だがロシアが、ウクライナとノヴォロシアに関して対峙を挑まれ、中傷され挑発された時には、ほとんど即座に動きがあった。これはよい、非常に良いことの一つではあった。しかしなぜ西側左翼は突然、実際社会主義的ですらないロシア政府(ソヴィエト時代からの慣性によって、西側の帝国主義に圧迫される諸国のために、なお何らかの大きな仕事をなしてはいるが)の支持を選んだのであろうか? なぜロシアであって他の国ではいけないのか? なぜロシアであって、大きな支援の必要がある、実際の社会主義国家の数々ではないのであろうか?


それはロシアが有力な西側にある「白人の」国家であるのに対し、中国、ベネズエラ、ボリビア、南アフリカやエリトリアはそうではないから、ということはないだろうか?


こうした質問には、真剣で真摯な自己省察をもって答えるべきである。すぐにでも!


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今日において、ほとんどの西洋左翼知識人はもはや、力を求めることをやめてしまっている。彼らは絶望と憂鬱を楽しんでいるように見える。彼らは定期的に帝国の失敗や犯罪について書き記すが、決然としたやり方で、本当にそれと向き合おうとは望んではいない。彼らはバリケードを築かないし、知的にもほとんど戦わない。


実際にはそれよりもさらに悪いことがなされている。キューバ、ベネズエラ、ボリビア、中国、朝鮮、南アフリカやエリトリアのような、世界中の左派的で反帝国主義的な政府に対する敵対心は、容易に検出可能である。


信頼され支援されている連中は負け犬に過ぎない――すでに敗北した連中である。多くの西側の進歩的知識人は一団となって、そうしていい気分でくつろいでいる。


新植民地主義や協調主義〔corporatism〕に対抗し誇り高く戦う人々、また現在実際に自身の国を運営している(少なくともいくつかはそうである)人々の力は嘲笑され、しばしば悪魔化すらされている。パリやベルリンやロンドンにいる左翼たちには何も満足できないし、何も「尊重」されない。キューバやエリトリア、南アフリカや中国には決定的にそうはなされない。


またも、理想的な運動、政党、社会のための「宗教的」模索!


それは、第二次世界大戦におけるフランスのレジスタンスやセルビア〔ユーゴスラヴィア〕のパルチザンについて、それらが十分に「民主的」ではなかった、あるいは思慮深くなかったという理由で、捨て去ろうとすることに似ている。彼らがそうでなかったのは当たり前だ! なぜなら完璧になろうとするだけの時間はなかったからだ。彼らは誤りを犯したし、イデオロギー的に洗練されてもいなかった。彼らは巨大な悪に対する戦争に専心していたのだ。


西側左翼は、世界史についてすら安全な場所で楽しんでいる。何人かは(もう数十年にもわたって)ソヴィエト連邦とナチス・ドイツを比較しているが、あれこそ帝国のプロパガンダ屋たちに創造された洗脳的プロパガンダの一発の最たるものではないか! 彼らが実際に話題にしているそのソヴィエト連邦は、何十もの奴隷化されていた国家が西側帝国主義からの独立を主張するのを助けているし、そのソヴィエト連邦はほとんど自力で、2000万人を超える国民を代価に、ナチス・ドイツを打倒したのである。そのソヴィエト連邦はすべての大陸の新しい独立諸国における、建設と教育を助けた。ナチスとの比較は歴史的に馬鹿げているだけではない。侮辱であり常軌を逸している! もし西側左翼がドイツ・ナチズムと何かを比較する必要があるならば、西側の植民地主義としての、ヨーロッパの立憲君主制国家、西側の「民主主義国家」そのものと比較すべきである――こうした政治的/イデオロギー的理念はすべて、数世紀にわたり、世界すべての大陸の何億という生命を破壊してきており、今もそうしているではないか!


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中国の知識人は憤っている。2013年、私は北京の清華大学で、自分の仕事についていくばくかの報告をしたことがある。


ここで私が書いていることのすべては、中国、南アメリカ、アフリカにおいては、十分に知られていることであった!


西側左翼の自己意識の傲慢と独善は吹き上がっており、その結果が、ヨーロッパ/北アメリカの左翼運動と中国との間における、現在の非常に乏しい提携関係である。「なぜなら中国は十分に左翼的ではないから」。ガラクタだ! フィデル・カストロに中国が社会主義か否か聞いてみるがいい。ベネズエラ、もしくは南アフリカ政府に聞いてみるがいい。


実際の主たる問題とは、西側左翼が十分に国際主義的ではない、もしくはまったく国際主義的ではないことである! 私にとっても、また非常に多くの世界の同志たちにとっても、国際主義は真の社会主義の精髄である。


西側左翼は何のために戦っているのか? 第一に自国の人々の特権のために戦っており、世界の他国の人々の特権のためではない。無償医療や無償教育、またはヨーロッパの農地経営者が得ているような補助金のために、誰が本当に支払いを行っているのかについて、何も気にかけてはいない。


植民地時代において、破壊され奴隷化された何億もの植民地の人々は、そうしたヨーロッパの宮殿、劇場、鉄道や公園のために金を支払ってきた。今日においてさえ、それが大きく変わったわけではない。廃墟となった西アフリカの農民たちが死んでいくのは、フランスの農地経営者が助成金を得て、生産するためのものであるかはどうであれ、年に応じて、BMWやその他の高価な車を乗り回すためである。新しい植民地にて、貧窮し過労した何億もの人々は、いかなる医療保険もないまま、ヨーロッパの老人たちが無償の診療所/病院/社交団体を持てるようにするための、支払いをしていたのである。


そして西側「左翼」はヨーロッパの人々のさらなる特権のために戦っている。中国は彼らにとって何も意味しない。中国やヴェトナム……彼らは「“自分たちの”仕事を奪っていく」煩わしいアジア諸国である! 中国やヴェトナムの人々は、まさしくマルチチュードであり、そして非人間〔un-people〕なのだ。


中国が無償医療を再導入する時、その支払いをするのはその国の人々の労働である。そしてもちろん、キューバ、ベネズエラ、チリ、アルゼンチン、南アフリカもそうしている。


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西側左翼はナルシスト的で、規律なく傲慢で、独善的で道徳的に死んでいる。それが敗北の原因である。何の閃きもない原因である。人々に霊感を与えない原因である。


それが霊感を与えるわずかな人々は、より苦い結果を得て、より辛辣になる。


彼らはソヴィエト連邦を(その死後も)攻撃し、中国を攻撃し、クメール・ルージュについては、カンボジアへの致命的なアメリカの絨毯爆撃によって権力に引き寄せられた農村の錯乱した無法者集団ではなく、共産主義の虐殺軍であったとする、別の西側プロパガンダの一撃を受け入れている。彼らはキューバとベネズエラも「非民主主義的」であるとして攻撃しており、許し難くも不快な一貫性によって、南アフリカも攻撃する。


中国がアフリカでマラリアと戦い、学校や病院を建設している時でさえ、また海面の上昇で完全に崩壊する危機にあるオセアニアの島国を、防潮壁の建造とマングローヴの植林によって守っている時でさえ(オセアニアとアフリカの両方に住むことで、これらすべてを私は自分の目で見た)、その行いはなお誤りなのである。なぜなら世界総体はクソでなければならない、まさしくそれこそが西側とその政策だからだ! この手のニヒリズムは不快であり、敗北主義的であり、西側の人々そのものにすら悪い影響を及ぼしているものである。


衝撃とともに結論しなければならない、西側左翼の残存者の大部分は、実際には反左派であるということを!


その結果として、ラテンアメリカ、アジア、アフリカの人々は、かつての宗主国にいる進歩的陣営よりも、非宗主国同士の方がずっとよいと感じるようになり、次第に霊感をお互いで求めあい見出すようになっているのである。


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ロシアもまた、自身の道を歩んでいる。こいつはさらに喜ばしい!


現在ほぼ20億の人々が、自身の社会主義的な祖国に住んでいるかそれを建設している。各々の国は文化的かつ政治的なモデルを異にしている。このグループに属している国のうち完璧なそれは一つもないが。彼らはいずれもその市民にとってより良き未来を建設しようと試みており、また彼らは西側の帝国主義およびファシズム――何世紀も前から現在まで、真に我ら人類の生存への唯一の深刻な脅威――と戦っている。


世界は今や希望と自信に満ちている。クレーンが建設を助けタービンがうなりを上げ、新しいテレビ局と出版物が、植民地主義者のプロパガンダを拒絶し戦うための霊感を、何億もの人々に与えている。


よい世界は予見可能な未来のうちに実現するだろう。おそらくはいくつもの戦いを経て、しかし最後には、実現するだろう。


説法の代わりに、西側左翼は自分が失敗してきたことを認めるべきである。攻撃的な西洋文化――かつて偉大なスイスの精神医学者カール・ユングは、それを病理として描いた――が、何世紀にもわたって世界総体を奴隷化してきた文化であることと合わせて。


その上で彼らは、人々が勝利を収めている国々、人類の存続のために戦っている国々に赴き、そこから学ぶべきなのである!








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寒い国から来た人から見られた世界(上)

以前この「手帖」において、ロシア出身のジャーナリストであるアンドレ・ヴルチェクの文章を紹介するともに、彼とノーム・チョムスキーの対談に基づく“On Western Terrorism”という本の翻訳が平凡社から出されるという情報を伝えたことがあったが、先日ようやくそれが出版された。ただし、昨年末の「出版ニュース」掲載時に挙がっていた「チョムスキー、西側諸国のテロリズムについて語る」という日本版の仮題は、「チョムスキーが語る戦争のからくり」というものに変更されていた。訳者あとがきによれば「日本語圏読者の関心を考慮して、邦題は少し変えさせていただきました」とのことであるが、「西側のテロリズムについて」という単刀直入な原題を生かしていた仮題が使われなかったらしいことは残念である。“From Hiroshima to Drone Warfare”という副題の方は「ヒロシマからドローン兵器の時代まで」と忠実に活用されているのを考えると、この思いは余計に膨らむ。「チョムスキーの○○」「チョムスキーが語る○○」といった原題ではないのに、邦題ではそうなっている翻訳はすでに何冊もあるわけだが、わたしはこういった題名を見ていると、例の「池上彰の解説」本の「読書人」向け縮小版ではないかと錯覚しそうになる時がある。チョムスキー氏の名で売上げを確保したい(日本においてそこまで知名度があるのかいささか疑問だが)のは理解できるものの、その内容が重要なのは「偉大なるチョムスキー」が語っているからではない。彼のなしている現代政治への批判について、労働者/市民が自前で考え、「チョムスキーが語らなくても」発言していくようになることがより大切なのであるわけで、その意味で「日本語圏読者」のためになっていない邦題のように思う。


それでも、この翻訳の内容自体は非常に面白く読めた。日本語の本で出されているチョムスキー氏の対談・インタビューをあらかた読んでいるというわけではないが、わたしが目を通した彼の本の中では、最も刺激あるものの一つである。そしてこの刺激は、対談者であるヴルチェク氏の個性によるところが非常に大きい。普通の「チョムスキーの本」だと、チョムスキー氏が色々とパンチの利いた話をするのに対して、良くも悪くもインタヴュアーや対談者はその受け手として「大先生にご説拝聴」モードに入ることが多いように見えるのだが、ヴルチェク氏は自身の調査と見聞による話題を相手に負けずどんどん繰り出しており、その意見の猛烈さもしばしばチョムスキー氏以上に際立っている。たとえば「ファシズム」について話題になった際、ヴルチェク氏はそれについて、植民地主義のことを念頭に入れれば特殊な現象でも何でもなく、「ヨーロッパを全般として見れば歴史的にはファシズム国家だと思いますね」とすら述べているのだが、チョムスキー氏でもここまでの「極論」を提示することは少ないと思う。以前からチョムスキー氏の本や発言に触れていて、「いつも同じことを言っている」とか「最近の彼の“アラブの春”評価には違和感を感じる」とか思っている人には、むしろヴルチェク氏の発言を読むためにこの本を買う価値があるかもしれない。


というわけで、“On Western Terrorism”日本版の発売を個人的に記念する意味も込めて、わたしが今回紹介したいのは、アメリカの『カウンターパンチ』誌サイトに2014年11月14-16日づけで発表されたヴルチェク氏の記事「西側左翼諸派は社会主義的諸国を嫌っているのか?」という一文である。日本文に直して10000字近くになるこのエッセイは、本を買おうとする人、または本を買って読もうとしている人にとって、著者の思考や背景を知る材料ないしは補助線として使えるであろう。しかしそこで驚かされるのは、彼の世界への認識が、「我々」の多くが現在持っているそれと大いにかけ離れていることである。わたしもまた彼の文章には、まったくその通りとしか言いようのない主張とともに、どうにも納得しがたい部分も見出しているのだが、「我々」はむしろそのことから学ぶことがあると考え、ネット上で公開されている彼の多くのエッセイの中から、この作品を選んだ次第である。今回は長文につき、拙訳を前後編の二回に分けて掲載した上で、わたし個人の意見については日を改めて書きたい。誤訳についての意見などは、こちらのアドレスにこっそりご指摘願いたい。なお、〔〕内には訳の簡単な補足を付した。


http://www.counterpunch.org/2014/11/14/do-western-leftists-hate-socialist-countries/





『カウンターパンチ』誌サイト
2014年11月14-16日


西側左翼諸派は社会主義的諸国を嫌っているのか?
アンドレ・ヴルチェク



ヨーロッパと北アメリカのマルチチュードたちは、本当の注意を払っていないから気づいてこなかったのだが、世界の数多くの地において左翼は選挙で当選しているだけでなく、自身を権力へと推し進める革命を戦って勝利を収めている。20年前の世界と比べて全く違った世界がここにある。我々は素晴らしいオルタナティヴに満ちた、次第に楽天的になれる時代〔optimistic times〕に生きている。


ここ数世紀において初めて、西側の帝国主義と植民地主義によって定義されることのない世界についての、夢が可能になりつつある時なのである!


非常に多くの場所で、人々が再び自身の国づくりに携わっている。都市や村落に高いビルディングを建て、タワーや橋を築き、力強いタービンを回し、貧しい人々に電気を送り、病気を治療し、何十年にも何百年にもわたる西側の植民地主義と野蛮な資本主義の結果として、暗黒にとらわれてきた人々を教育している。


総じてモダンでエコロジー的な隣人たちは、中国全土で育っている。建設されつつある都市は、広大な公園と公共の運動場、託児所やあらゆる種類のモダンな保健機関を備えており、同様に歩道や信じがたいほど安価でスーパー・モダンな公共交通機関も有している。


ラテンアメリカにおいては、かつてスラムだった場所が様々な文化的拠点へと姿を変え、超超モダンなケーブル・カーで他の都市エリアとつながっている。


キューバは、その極度の収入の低さ(ドルで換算した場合)にも関わらず、国連開発計画の試算によれば、「非常に高い開発指数」を有する突出した国々のグループに加わった。あのグループには、社会主義的政府を有する他のラテンアメリカ諸国――チリとアルゼンチン――も含まれている。


今や普通と考えられている事々の多くは、わずか10年ないしは20年前には想像もつかなかったものである。チリの大統領ミチェル・バチェレトは、二度目の当選を果たした。西側の後ろ盾を得ていたピノチェトの独裁時代、彼女は囚人として野蛮な拷問を受けた。彼女の父親は、軍人としてアジェンデに忠誠を尽くしたことで殺害された、それゆえ彼女は亡命し、東ドイツで医学の学位を取った。バチェレト女史は現在、ファシストの進軍の最中に砲撃され廃墟となったそれと同じ官邸――モネダ宮殿――で執務している。彼女の国はわずか1800万人の住人しか有していないが、アルゼンチン、ブラジル、ウルグアイのように、知的原動力となっている。チリは「純粋な」社会主義国家ではないが、広範な社会主義的改革を推進している。いまやこの国は、職を失った何万というヨーロッパ人が、その都市や農村で仕事を探しているほどには豊かである。


ブラジルでは、かつてゲリラ戦士だった女性〔ジルマ・ルセフィ大統領〕が、何百万もの人々を貧困から救い出し、地球上で最も重要で敬愛される諸国の一つへと変えつつある。この国は「BRICS」の柱の一つである。その知識人、映画製作者、著述家たちは、感情を湧き立たせ、よりよき世界についての夢を生み出している。


こうしたもののすべてが完全に息を呑むような事件だ。もしそれに本当の注意を払い、その場に立ち会わせ、彼なり彼女なりがこうした出来事を追うために寄り道するならば!


南アフリカにおいて、かつての希望なきスラム街は生活の希望や進取性に満たされ、モダンなバス専用車線や列車によって連結されつつある。彼らは競技場、ショッピング・モールやフィットネス・センター、モダンな病院や学校を持っている。多くの尺度において、社会主義的な南アフリカは世界の超一等国であるものの、なお恐ろしい社会的問題の数々を抱えてもいる。それでも、すべての諸問題が、開かれた形でかつ率直に討議されており、印象的な進取性の数々が、この畏怖すべき国を前進させているのだ! 私が最近のレポートで書いたように、南アフリカにおいて、アフリカ大陸が立ち上がっている!


エリトリア、イラン、朝鮮は、西側の経済封鎖と凶悪に立ち向かっている。彼らを略奪し屈辱を与えてきたのと同じ諸国による命令なしに、自分自身の道を進むための自由を主張するために激しく働いている。


そしてロシア、親西側のパペットであったボリス・エリツィンの怪物的政府の時代、一度はその膝を屈していた強国ロシアは、今は自身の座にたち戻り、世界各地の多くの進歩的諸国の側に立つようになっている。キューバへの莫大な、何十億ドルもの債務を放棄して、ベネズエラ、ブラジル、そして他の左派的諸国と力強い同盟を組織するだけでなく、ついには中国との大同盟も築きつつある。


世界はかつてない現実の飛躍に近づいているのである――真の自由に。


***


しかし、西側左翼の多くは、これが人類にとって大いなる好機であると認識することを拒否している。


なぜなら、自分たちが取り残されている、自身の領分におけるとてつもない敗北によって面目を失なっていると感じているからである。


なぜなら、あらゆるレトリックと「政治的正しさ」にもかかわらず、そのメンバーの多くが実際にはショーヴィニストであり、人種主義者ですらあるからである。そして中国の、ロシアの、アフリカの、ラテンアメリカの思想家たちは実際、そのことに気づいている。


西側左翼の認識では、革命――真正かつ純粋な革命――は常にヨーロッパか北アメリカからもたらさなければならないものである。哀れなアジア、ラテンアメリカ、アフリカの人々を解放しなければならないのは西側なのである。


中国革命は「不純」である。それでは誰が考慮しているのだろう。かの国の多数派、何億もの人々が、今では健康的で滋養のある食事ができ、質の高いサーヴィスを伴ったよい住宅に住み、モダンな移動手段で旅行し、非常に良質の教育をうけるようになっていることを? 誰が考慮しているのだろう? 西側左翼の尊師たち〔gurus〕のほとんどによれば、それは「真の共産主義ではない」のであり、うち何人かによれば、社会主義ですらないのだ!


こうした物事を「社会主義」ないしは「共産主義」であるかどうかを定義できるのは西側思想家だけで、アジアのそれではなく、よって「中国型社会主義」は彼らにとって無である。それは単なるポーズ、見せかけである。


何年か前、私はベネズエラを、ある非常に著名な西側知識人とともに旅した。この人物はボリビア共和国で行われている出来事についてレポートしており、それはとてもよくできたものだったと私も認めなくてはならない。ある晩、ビールを何杯か傾けた後、私たちは中国について話し始めた。


「私は中国が嫌いです」と彼女は言った。「中国人は信用しません」。


私は彼女に、中華人民共和国の各地を旅したことで、非常に好印象を受けるとともに、中国が非常に成功した社会主義国であり、共産主義国とすら言えると確信したと語った。彼女は私に、熱烈に反駁し始めた。私は彼女に中国を訪ねたことがあるかどうかを尋ねた。


彼女は、声を上げてはっきり返答した。「私はそこには絶対行かない! 私はその地が嫌いで人々も嫌いなのです」。


彼女の態度は私の印象に残った。少なくとも彼女は乱暴だが正直であり、すべてを開け広げにしていたからである。中国人に対する人種主義は、西側の「進歩的」サークルにおいてはほとんど放たれることはない。その中に存在しているのは偏見にまみれた一連の「分析」である。しかしそうしたものが認められることは決してない。すべては「客観的批判」によって覆い隠されている。


その「分析」は、「西側の我々と同じように、すべての中国人が自分の車やテレビ・セットを持つようになったら、地球に何が起きるか想像できるかい?」という言葉に始まり、「中国人は我々と同じくらい乱暴であり、同じ帝国主義的傾向を持っている」という言葉に終わるものである。


中産階級的な社会主義国家〔a middle-class socialist society〕への中国の変貌は、明らかな奇跡(それは中央計画の優越性と、そのシステムの一般的な利点の実際の証明として、むしろ奇跡以上のもの)であり、ここ100年に地球で起こった唯一の大成功かもしれないものである。一方で、西側左翼は、起こっていることが実際には純粋ではないこと、真に共産主義的ではないこと、そして多くの点においてまったくの災いであることについて、何かしらブツブツ呟いている。


なぜなら彼らの観点によれば、西側でデザインされ実地されているものしか信頼にあたしないからである。彼らは決してそうは言わないだろう、しかし今やこのことは明白だ! 中国、南アフリカ、ベネズエラの偉大な非西洋社会に、そうした軽蔑が向けられている! 悪意ある皮肉だ。何らの支援も欠いたこうした国々が、自国の人々を真に気遣おうとしているのだが!


ほとんどの西側知識人にとって、10億もの人間の生活が快適かつ尊厳に満ちたものになることは、何も意味していない! なぜなら彼らにとって中国人は、個々人としてであれ集団としてであれ、何も意味していないからである。


中国の諸都市に設けられた広大な公園と緑地帯について、誇りと勇気をもって語る代わりに、延々と繰り返されることと言えば、北京の大気汚染についてか、いくつかの「胡同〔フートン〕」――何十もの家庭が一つの穴に排泄をしているような、不潔さと不衛生のたまり場――の取り壊しについてばかりである。つまり、西側の目にとって良いものとは――貧しい人々のあふれた「古き」中国の、ステレオタイプで典型的なものなのだ。その一方で、あらゆる近代設備を兼ね備え、誇らしく、モダンで、かの国の各所において標準となっている上質の高層住宅は、西側にとっては「退屈」であるだけでなく、煩わしくすらある。そして中国人が電話や、上質の衣服や、車すら欲しがっているという事実は、「商業主義」の証拠と見なされ、もはや中国が社会主義国家でないという主張に使われるのである! なぜなら西側左翼は、自分たちが海辺に別荘を所有することには何ら反対していないのに、非西側世界に住んでいる人々は純粋で貧しくなくてはならず、もし彼らがマルクス主義者と呼ばれたいのなら、一種のモルモットのように機能していなければならないからである。


同志はいない! まったくクソだらけだ! そして今や、こうした非西洋の人々のことを本当に考慮しているのが誰なのかは明らかである。


社会主義、もしくは非教条的な共産主義の目標は単純で明快だ――よりよい生活を人民に。より良き都市と農村を、恐怖を軽くし、より高い文化を、教育を、尊厳を、そしてより喜びを!


そしてそうした目標に、南アフリカ、ベネズエラやその他の社会主義国家のように、中国も達しつつあるのは明らかではないか!


(後編へ続く)