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新しい伊藤野枝伝?(その4)

論争の要約がムチャクチャになっているもう一つの理由は、伊藤と山川が繰り返す論争のキーワード、すなわち「本然の要求」という言葉の意味について、栗原氏がまったく考慮していないことであろう。伊藤が「傲慢狭量にして……」の一文において、公娼をなくそうと訴える矯風会がその発生のプロセスをまったく問わないことを正しく指摘しながら、売春が存在する理由として男性の「本然の要求」を挙げたことは、山川にとって看過できない論法であった。「本然」とは、おそらく現代の語感では「自然」と言った方が通りがよいだろうか。廃娼などできっこないと言いたいのではないと「青山菊栄様へ」で抗弁する伊藤には、「本然」の力としての(男性の)性欲を肯定することが、固陋な日常生活や制度への抵抗になるという発想があったのかもしれない。しかし山川は「男子の先天性」を前提にした議論よりも、「本然」そのものを「不自然」として再考する必要性を説く。「自然」のものとされている「男の性欲」は、本当に「本然の要求」なのか? 実は売春も、制度そのものではないか? 「自然」すらも、社会によって構築された歴史的産物ではないのか? ――こうした彼女の思考プロセスは今でも十分にラディカルでありつつ、「セックスワーク論」の支持者よりもさらに広い層、現代の各種社会潮流とも共有されうるものであろう。仮に伊藤が「セックスワーク」概念を提起するフェミニズムの最新のイシューとつながっていると主張するならば、「自然とされている男女概念への挑戦」の先駆的役割を山川にも認めるべきである。


「本然の要求」批判と合わせて、山川が伊藤への二回の応答において示した、男性の側の「買春」も問題化すべきであるという見解にも注目したい。「ブルジョワの押しつける貞操や道徳ならいらない」という観点から、女性への倫理的非難は控えているところは伊藤も山川も同じだが、「買春」をより強く否定し、「もし売笑婦を処罰するならば共犯者たる男子をも同罪に処すべきです」と踏み込んだのは後者である。こうした山川の主張を直に読んだ後、すべての「約束事」を否定したがっている栗原氏の著述に目を戻すと、「残念ながら、たいていの男子はそういうものなのに」「いやはや、こんな手紙をもらったら男はもうダメである」といった記述を発見できる。こうしたフレーズからは、彼が「男子」の「本然の欲求」とされるものを何の疑いもなく受け入れてしまっているか、もしくはそれを受け入れている読者の無感覚な俗情におもねっているのかのどちらかであることが読み取れよう。彼流の「無政府主義」だったら、「本然の要求」と通念的に考えられることもまた、「約束事」として粉砕されるべきだと主張してしかるべきであろうに、そこだけ「たいていの男子はそういうもの」で済まされるのであろうか。栗原氏は、山川が「売春はいけないとしかいえていない」のではなく、「買春はいけないといっている」から気に入らないのだ、とすら思えてくるというものだ。


つまるところ、栗原氏による「セックスワーク」論への依拠は、伊藤を持ち上げるためのご都合主義の産物に過ぎないと言えよう。彼が「セックスワーク」を肯定的なものとしながら、『青鞜』寄稿者の中でも本当に売春への従事経験を有した人物である、山田わかについての言及を一切していないこともまたその証明である。伊藤、山川、平塚よりも年上で、後には新聞の人生相談コーナーの回答者としても大衆的人気を得た山田が、若き日にアメリカの娼館に売り飛ばされ「賤業婦」の生活を余儀なくされていた事実は、山崎朋子の『あめゆきさんの歌:山田わかの数奇なる生涯』(文芸春秋、1978年)によって裏づけられて久しい。山川が「セックスワーク」を否定していると非難する栗原氏は、山田の経歴についてはどう説明することであろうか。彼女の師となった夫・嘉吉は外国語に堪能で、伊藤や平塚らを集めて英書購読会を開いただけでなく、大杉栄にもフランス語の手ほどきをした人物であるから、彼がその存在を知らないはずはない。


彼女の事例は「ふつうの仕事」ではなく、「女性を囲いこんで奴隷のようにあつかうのはダメにきまっている」という限定の枠に放り込むのかもしれないが、もとより山川は当時の娼妓を「奴隷労働」の枠にあると捉えているのだから、それを否定したいのであれば、性産業の実態がそうではなかったことを彼の方で示す必要がある。少なくともわたしには、「労働条件を改善したいとおもえばそうすればいいし、他の仕事がやりたいとおもえばそうすればいいし、〔中略〕はたらかないでたらふく食べたいとおもえば、そうすればいいのである」といった、お気楽な環境に当事者たちがいたようには思えない。「おもえばそうすればいい」というレヴェルで権利が獲得できれば苦労はないし、基本的人権についての政府の「約束事」すらロクになされていないのが100年前である。娼妓たちが境遇を変えようとしたらどのような報復と対決することになるかは、多少とも想像がつきそうなものではある。『あめゆきさんの歌』にある市川房枝の証言――山田わかが平塚に告白し、さらにそれが市川に伝えられた――によれば、本人は「セックスワーク」の事実について堂々と周りに語ることにもやぶさかではなかったものの、彼女の批評家としての名声への打撃を恐れた夫が反対したのだという。山崎氏は当時の状況から見て、その判断は残念ながら正しかったであろうとしているが、こうした歴史的背景を何も勘案せぬまま、現代の「セックスワーク」論を安易に持ち出してまで、伊藤を山川に「圧勝」させようとする栗原氏の姿勢は、どこまでも虚しいとしか言いようがない。


ここまでの記述で、「売春論争」の際の伊藤を擁護する栗原氏の主張が――たとえば朴裕河『帝国の慰安婦』のように――解釈の浅薄さ、資料批判のいい加減さ、論旨の非論理性ばかりで成り立っていることについて、読者諸君にも理解していただけたものと思う。しかし、これだけ並べたてたにも関わらず、なお信じがたい問題点が残っている。栗原氏による山川への反駁の中には「やるな、メガネザル」という、論及対象の容貌への揶揄すら含まれているのである。「写真出典」で示されている通り、栗原氏の本に使われている丸メガネをかけた大正期の山川の写真は、岩波文庫の『山川菊栄評論集』(鈴木裕子編、1990年)の表紙に使われているだけでなく、「山川菊栄記念会」の公式サイトのトップページでも挙げられるような、彼女の代表的な肖像写真の一つである。そうしたイメージを、わざわざ相手を「メガネザル」呼ばわりするために載せているとは! 100年前の議論と何ら関係ないことを持ち出してまで相手のイメージダウンを図った時点で、栗原氏の主張は学問的に破綻していることが証明されたと言えばその通りではあるが、それにしてもどういう言い草なのか? 念のため書いておくと、このフレーズも「らいてうらしい性格のわるいいいかた」と同じように、伊藤本人の発言ではない。編集者はよくこの一節を削除させなかったものであるが、こうした「ネタ」で読者が笑ってくれるという発想でもあったのであろうか。読み手の頭脳をバカにしているとしか思えないのだが、本の題名の「白痴になれ」とは、そういうことか。


岩波文庫の選集のみならず、新旧の『山川菊栄集』(注7)の編集にもたずさわっている鈴木氏は、山川の現代的側面の一つとして「女性への悪戯や侮蔑的嘲弄的言辞」を「性暴力」のカテゴリーで把握し、現在ではセクシュアル・ハラスメントとして認識される種の行為の深刻性を早くから理解していたことを指摘しているが(山川菊栄『おんな二代の記』解説、岩波文庫、2014年)、この栗原氏の発言もそうしたものに含まれるのは明らかであろう。しかしここで思い出したいのは、『青鞜』の編集者の中では、伊藤こそ自分たち女性に対するこの手の「侮蔑的嘲弄的言辞」に逐一反応して飛びかかっていく人物であったことである。当時の彼女の罵倒には「あんな下等な愚劣な俗悪な新聞記者に同情されたり賞められたりする程私共が低級でない」、「下劣な愚劣な向不見〔むこうみず〕なそして軽率な鼻持ちのならないことばかり並べてある俗悪な」などとボロクソなものがある(注8)。栗原氏は主観的に伊藤を愛しているようだから、彼女がこうした罵倒を浴びせてくれるのだったらむしろ光栄なのかもしれないが。


なお、栗原氏が山川を「メガネザル」呼ばわりするのに使った肖像写真から、反対に「眼鏡をかけた若き山川菊栄は毅然とした美しさで魅かれる」とした著作もある。森まゆみの『『青鞜』の冒険 女が集まって雑誌をつくるということ』(平凡社、2013年)がそれである。岩波書店の雑誌『図書』における、栗原氏の本の出版記念対談に登場した際の彼女は、「売春論争」における山川の発言を「社会主義の優位性を説くための議論」とのみ片づけてしまっているが(注9)、4年前の著作における山川への評価はむしろ高い。森氏は自著において、雑誌における平塚の群を抜いた知的能力を評価する一方、彼女が雑誌の発行にまつわる面倒な業務については周囲にまかせきりであったことを、自身の編集経験を踏まえて分析し、そのエリート主義的姿勢に対してはしばしば辛辣なコメントを加えている。しかし、10代で小説『美は乱調にあり』に夢中になり、成人してからは井手文子の知遇も得て、近年では伊藤の選集『吹けよあれよ 風よあらしよ』(學藝書林、2001年)も編集するなど、平塚より伊藤に対してシンパシーを抱いていることを隠さない森氏は、後者についても多くの欠陥を仮借なく指摘している。そこでは、『青鞜』の新編集長として伊藤が「雑誌の無規則・無方針」をうたったことなどは、反セクト主義の域を超えた「投げやり、編集権の放棄ともいえるのではないか」と疑問視されるし、「買春論争」において「らいてうと伍して闘える論客」として登場した山川への伊藤の反論についても、「自信なさげな弁解は好ましいものではない」のであり「こんな文章は書かない方がよかった」とすら評されているのである。井手の伝記と比べ、この時点での伊藤の稚拙さに対する森氏の批判的姿勢は厳しいものであるが、それは平塚も伊藤も身びいきなく扱いつつ、当時『青鞜』に集結した女性たち全体への理解を十分に含んだものともなっているので、わたしにはより好感が持てる。いずれにせよ、伊藤の敵対者を不当に低く置き、彼女の「圧勝」を無理に見なくてもよいところで見ようとするから、ますます著述がおかしくなるのである(注10)。





(注7):『山川菊栄集』(岩波書店、全11巻、1981-82年)、『山川菊栄集・評論編』(岩波書店、全9巻、2011-2012年)。後者は前者の「増補改訂版」とされているが、より正確には、前者の発売後に岩波文庫に入った単著(『わが住む村』『武家の女性』『覚書・幕末の水戸藩』など)を収録した巻を除き、代わりに未収録の評論(主に一五年戦争期のもの)を新たに盛り込み、かつ解題の書誌情報も更新したものである。ただし新しい選集では、解題が鈴木氏のものに一本化されており、旧選集にはあった別の筆者たちによる解題がカットされていることは惜しまれる。


(注8):「染井より」(『青鞜』1913年7月号)、「編輯室より」(『青鞜』1914年3月号)。いずれも『定本伊藤野枝全集』第2巻(學藝書林、2000年)収録。


(注9):森まゆみ・栗原康「伊藤野枝と『青鞜』の時代――今も新しい女たちの格闘」(『図書』2016年5月号)。森氏が4年前の自著で示したような公平な批評精神を発揮し、栗原氏の胡乱な主張に挑戦してくれていればこの対談も面白くなったと思うのだが、残念ながら「岩波書店の著者」同士の馴れ合いでもあったのであろうか、明らかに彼女の方から話を相手に合わせており、床屋談義の域を出ていない。さらに森氏は栗原氏にあてられたのか、対談の最後に「大杉にカンパした後藤新平や有島武郎みたいな太っ腹な人が今いないからねえ」などと発言している。名士だが一作家に過ぎない有島の「カンパ」と、内務大臣をはじめとする大日本帝国の要職を歴任した高級官僚・政治家である後藤の「カンパ」を一緒にしていることは、正直理解しがたい。


(注10):財産や職のない女性の困窮につけこみ関係を迫ってくる男性に対してどうするかといった問題を論じた、いわゆる「貞操論争」について紹介する際にも、栗原氏は「ほんとうのところ、こういう論争に勝ち負けなんてないのだが、野枝が圧勝している気がする」と書く。しかし「やばい、しびれる、たまらない」などという個人的陶酔より前に、伊藤が「圧勝している」という評価のためには、「気がする」以上の論拠を一つ一つ提示する義務がある。そもそも「勝ち負けなんてない」のに「圧勝している気がする」というのが完全に意味不明なのであるが。それでいて、そのわずか8ページ後に紹介される伊藤と山川の論争については、何の躊躇もなく伊藤の「圧勝」を宣言するのであるから想像を絶している。米騒動についての記述など、別の部分でも栗原氏は「圧勝」というフレーズを使っており、本当にこの言葉が好きなのだなあと感心させられるが、こうした用語法には魯迅の「精神的勝利法」という言葉がそのまま当てはまる「気がする」。




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