ドイツをモデルとする日本、ただし新しい膨張政策の

古本屋で買った、ユルゲン・エルゼサー『敗戦国ドイツの実像――世界強国への道? 日本への教訓?』(木戸衛一訳、昭和堂、2005年)が滅法面白かった。本の帯には「戦争責任/改憲/再軍備/海外派兵 ドイツは日本のモデルとなりうるのか?」という問いが書かれているが、この本の著者の答えは「否」である。彼のきわめて厳しい自国分析によれば、統一ドイツは旧西ドイツ時代も含めて精神的にも実践的にも十分に軍国主義的であり、日本人が真似すべきではないという(注1)。4年前の本ではあるが、以下面白く思った部分を、私の解釈も若干込みで概観したい。


【2002年夏の選挙戦】
ドイツ連邦議会において与党であった社会民主党は、多くの経済失政と汚職によって、キリスト教民主同盟をはじめとする保守系野党に追い詰められていた。しかしそれを危うい所で救ったのは、アメリカのイラク出兵への自動的な追随的派兵を拒否するという、彼らの新しい外交方針についての声明であった。

問題は、ゲアハルト・シュレーダー首相がこの方針について語る際、「自意識ある国」「伝統」「世界で尊敬と名誉に浴している」といった自己イメージとともに、「われわれのドイツ」というフレーズを何度も何度も繰り返し強調するという類の「平和主義」しか訴えなかった事である。そのため彼の演説はネオナチに受ける一方、保守系の論者は「欧米からの孤立」、すなわちナチスの出現を招いた「ドイツ特有の道」を歩もうとするのか、というような声を挙げた。このように戦後ドイツにおいては、「左派」がナショナリスティックなレトリックを用い、「右派」が欧米との連携を唱えるという「ねじれ」が生まれている。


【ナチズムへと至るドイツ史と、近年の歴史家たちによるその解釈について】
第二次世界大戦後のドイツの歴史研究者は、何故ドイツがナチズムに陥り、世界大戦とユダヤ人絶滅といった恐るべき事象を引き起こすに至ったかの説明のために、自国がたどった「特有の道」について考える事を余儀なくされた。そこで指摘されたのは、市民階級の弱さ、封建精神の残存、政治的革命の挫折といった、西洋(≒英仏)と比較して明らかに民主的後進性を示す指標であった。
しかしエルゼサーはこれらの自由主義的・社会民主主義的研究の正しさを大筋で認めつつも、その多くが資本家層の果たす役割の大きさをスルーしている事を批判し、東ドイツの文人政治家アレクサンダー・アブッシュや、西ドイツの歴史家ラインハルト・キューンルらによるマルクス主義的解釈に依拠するべき事を示唆している。それらによれば、ドイツの政治面における後進性は、工業の急速な近代化と共存するばかりかそれを下支えするものであり、経済界の利潤への関心は政治的指導層の膨張志向や帝国主義を大いに刺激した。右翼に暗殺された事で知られるワルター・ラーテナウのような自由主義者にすら、「世界分割」への参画を当然とするような欲望が共有されていた。ユダヤ人虐殺からも東方(ソ連)における絶滅戦争からも経済界――ナチスが彼らの単なる「手先」だったわけではないにせよ――が利益を得ようとしていた以上、二つの大戦を支持しつつも批判や解体を受けなかった事は、今でも問題となるのである。


【戦後史の中の「歴史家論争」】
西ドイツ(ドイツ連邦共和国)の成立の際も、旧来の経済人は無傷のままで、ナチス人脈も相当に維持された。1955年からはアメリカの後ろ盾による再軍備が進められるが、60年代末にはようやく、社会民主党政権による東ドイツ(ドイツ民主共和国)およびソ連に対する一定の緊張緩和政策や、学生運動などによる反ナチスへの社会的意識が高まった。

これに対する保守側の反撃として有名なのが、ヘルムート・コールが首相となった1982年に始まる「歴史家論争」である。エルンスト・ノルテによる「ナチスの虐殺の先例はボルシェヴィズムがつくった」とする、自国の犯罪の矮小化と膨張主義への欲望が見え見えの非学問的テーゼを、ユルゲン・ハーバーマスを中心とする左派知識人の多くが批判した。ところが、1989年に「反ファシズム」をより明確に国是としていた東ドイツが西ドイツに併合されると、ノルテに鞍替えする連中が続出する。ハーバーマスは、併合による大国化を志向するナショナリストに対抗するための「憲法愛国主義」を訴えていたが、そもそも憲法そのものが再統一を前提としていたのであった。


【ドイツ統一】
今では忘れられているが、これすら当初は誰にでも寿がれたわけではない。英仏などの首脳は一時その動きを「第四帝国」の実現かと疑っていたくらいであった。また国内でも、社会民主党左派のオスカー・ラフォンテーヌは、東ドイツの「植民地化」を否定し、欧州統一こそ優先されるべきであると提起したが、単純に統一(による国家の拡大)を寿ぐ党内のナショナリスト潮流に阻まれた。そもそもこのナショナリストこそ、第二次世界大戦後一貫して党の多数派潮流だったのであり、この指導層が近年では経済界との協調姿勢と膨張外交をますます志向している。


【湾岸戦争から海外派兵へ】
東ドイツの併合に続く湾岸戦争の勃発は、ドイツ知識人界の精神的混迷をさらに深めた。急進左派として知られていたハンス・マグヌス・エンツェンスベルガーが、サダム・フセインを「ヒトラーの再来」として罵倒するという醜態を示すなど、もはや自己のうちにあるナチズムとの対決ではなく、海外に起こった事件へ自己の軍事力で介入する事が「過去の克服」とされるようになる。ユーゴスラヴィアの分裂および続く内戦には、それをドイツの政界や軍が後押ししていた形跡すらあるのだが。
社会民主党や緑の党も「アウシュヴィッツ」が再現されるのを許すなというフレーズを乱発する事で、この転倒を後押しした結果、海外派兵はボスニア空爆(1995年)・ユーゴ空爆(1999年)・アフガニスタン派兵(2002年)とその規模を拡大させる一方である。コール政権末期の1998年と比べて、シュレーダー政権の2002年には、NATO域外へ赴くドイツ軍の兵員数は6倍にもなり、予算面では10倍にまで増大している。つまり、シュレーダーがアメリカのイラク戦争に「否」と言ったのは、彼の政治的信念によるものではなく、彼がただ「政治的動物(ポリティカル・アニマル)」である事を示しているに過ぎない。


【ドイツとアメリカの関係性】
ドイツの外交政策は、アメリカの影響を大きく受けているのは事実であるが、ドイツ政府は常にアメリカの利益に従属して行動している訳ではないし、両国それぞれの経済政策が食い違う事もある。たとえばペルシャ湾岸地域において、ドイツのパートナーであるのはイランだったが、アメリカはむしろこの国を(イラクとともに)封じ込め対象とし、サウジアラビアをパートナーとしている。
また1980年代以降、ドイツが米国の輸入へ依存した政策を取り続ける(これに反比例して国内賃金と公共投資が低下する)一方で、アメリカの経済は戦争に立脚するケインズ主義的政策にのっとっている。アメリカに対外戦争で勝ち続けてもらわなければドルが暴落し、自国の現在の経済構造に大打撃を与えるのは明らかであるため、アメリカに対しては条件づけを伴う「敵対的協力」のポーズをとりつつ、ヨーロッパ内で自身が中心となれる独自の経済=軍事ドクトリンを模索している――これが目下のドイツである。




……これらの点を分析したエルゼサーは著書の結論として、特に第二次世界大戦でナチスが侵略したフランスとロシアへの「過去の克服」を真に実現するための、非軍事的な連携に基づく「パリ-ベルリン-モスクワ枢軸」をつくる事を提言している。彼はその実現困難性については言及していない。フランスもロシアも、パワー・ゲームの一員ではある。しかし、アメリカの経済=軍事ドクトリンに追随して利益を共有するという形であれ、独自の経済=軍事ドクトリンをもって自らが繁栄する形であれ、自国の膨張政策(時に他国への「平和/繁栄の輸出」を偽装した)そのものに反対するのが、かつての加害国民としての「我々」の義務ではないか――そう彼は訴えたいのだと思われる。その上で、すべての「先進国」が根本的に変わらなければならないという訴え、すなわち「反グローバル運動」で最近おなじみの「もうひとつの世界は可能だ」という最後の一句が出されているのである。


本書の話題は歴史・政治・外交など多岐にわたるため、しばしば行きつ戻りつしているが、諸君も「我々」の抱える問題との共通点について、注意深く考えながら読まれる事をお勧めする。ナチズム(経済界含む)の残存→歴史学の反省とその転覆→歴史修正主義と新自由主義の協調といった歴史的経緯や、ヨーロッパの社会民主主義政党の性格、「反米」主義のレトリックの内実など、興味深い論点は多々ある。


ところで、この本の原著(2003年)が出た時点と現在のドイツを比べて最大の違いはおそらく、社会民主党を飛び出したラフォンテーヌを旗頭とする「ドイツ左翼党」の存在であろう。この政党は、旧西ドイツの社会民主主義左派から新左翼まで、また旧東ドイツの民主派から懐古派までを含んでおり、寄り合い所帯色が非常に強いのは否めないものの、社会民主党の「左」に位置づけられる政党として目下の所連邦議会の第4党(52議席)の座にある。彼らの動向への見解とあわせて、さらなる著者の新訳も読んでみたいところである(注2)。





(注1):エルゼサーは「日本語版への序文」で、日本国首相により繰り返される靖国参拝を「最悪の戦争犯罪人の魂を顕彰している」と指摘し、南京虐殺を「真珠湾より百倍悲惨」を表現するなど、日本史上の戦争犯罪についても知識を得ているようである。しかし彼は本論においては「自国の責任」についての話しかしていない。


(注2):ネット検索によれば、彼のドイツ語の文章や動画インタビューもあるようだが、残念ながらドイツ語が出来ないので内容がわからない。スペイン語やイタリア語などに翻訳された文章も出てくるが、それらには事件物(陰謀物的な傾向をも伴いうる)の性格が強いようだ。ただいずれにせよ、私が彼について一番評価すべきだと思ったのは、その自国史に対する批判的パースペクティヴである。上で紹介したもの以外では、ナチズムと当時の「普通のドイツ人」との共犯関係について衝いた、ダニエル・ゴールドハーゲンによる論考の取り上げ方にもこの態度は見て取れる。ゴールドハーゲンの著作は論証に少なからぬ難点があり、一般にドイツ史およびホロコースト研究者の評価は低いが、エルゼサーはドイツ人の背負うべき問題を書いたものとして一定の評価を与えている。その一方で、ゴールドハーゲンがナチスおよびドイツ国民の問題性を語る際に、ユダヤ人への殺戮のみをその対象とし、ロシアなど東方への侵略を取り上げていない事に強い疑問を呈しているのである。
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