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引用(5)

政治家と西洋諸国に従う新聞によって「移民問題」(フランスでは、この表現はル・ペンに由来する)と呼ばれるものが、すべての関係諸国で、国家政策の根本的な与件となったのはなぜか。というのも、来仏しそこで生活して働くすべての外国人たちの存在が、「市場とインターナショナルな共同体」が実現する世界の民主主義的統一、というテーゼの完全な誤りの証明だからだ。もしもこのテーゼが真実だとすると、われわれはこれらの「外国人たち」を、われわれと同じ世界の住人として受け入れなければならないだろう。われわれは、別の地方から来てあなた方の村で休息をとり、そこで仕事を見つけ居住する人々が扱われるのと同じように、彼らを扱わなければならないだろう。だが、これは実際に生じていることではまったくない。政府の政策が絶えず強化しようとして最も普及した信念は、「これらの人々は別の世界から来た」ということだ。そこに問題がある。彼らは、支配力を持つ資本主義秩序の支持者にとっても、われわれの先進民主主義世界が、人間の唯一の世界ではない、ということを証明する生きた証しなのだ。わが国には、それぞれが同じようにフランスで生活し、働いているにもかかわらず、それでも別の世界から来た者と見なされている人々がいる。お金はどこでも同じだ。ドルやユーロはどこでも同じだ。外国人が持っているドルやユーロを、すべての者が喜んで受け取っている。にもかかわらず、人格、出自、生活の仕方によって、彼、彼女はわれわれの世界に属していない、とわれわれに言わせようとするものがいる。国家当局とその下僕たちが、外国人を管理し、滞在禁止を押しつけ、民族衣装、その着用の仕方、家族的ないし宗教的慣行を情け容赦なく批判している。恐怖に駆り立てられ、この恐怖の中で国家によって組織化された多くの人々は、わが国にどれだけの外国人がいるのか、別の世界からやって来た人々がどれだけいるのか、不安そうに問うことだろう。一万人か? 百万人か? そう考えれば、恐ろしい問題になる。迫害、禁止、全員追放を当然のように準備する問題。状況が違えば、大量殺戮〔エクスターミネーション〕を準備する問題でもある。


もしも世界の統一が事物と貨幣記号による統一だとすれば、民主主義だろうとそうでなかろうと、生きている者にとっては、世界の統一など存在しない。あるのは、貧民窟、壁、絶望的な旅、侮蔑、死である。したがって、こんにちの政治の中心問題は、まさに世界の問題であり、世界のあり方の問題である。


多くの者がこの問題を民主主義の拡大と理解している。世界の正しいあり方を、西洋の民主主義の中で、あるいは日本で存続している世界のあり方を世界中に拡げなければならない。だが、この見方は馬鹿げている。西洋の民主主義世界の絶対的な物質的基盤は、事物と貨幣記号との自由な流通である。その最も根本的な主観的原則は、競争、つまり富の優越と権力の道具を押しつける自由競争である。この原則の運命的な帰結は、富と権力の特権の断固たる防衛によって、またそのために人間〔いきもの〕を分かつことである。




バディウ『サルコジとは誰か? 移民国家フランスの臨界』(榊原達哉訳)



※改行は一行アケにし、ルビ部分は〔〕におさめた。


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