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イタリア維新の描き方

少し前になるが、ある平日の夕方、イタリアの映画監督ロベルト・ファエンツァの近作『副王家の一族』を見た。わたしがとても幸運だったのは、百席あまりの館内にいるのが自分一人であり、貸し切り同然で見られたことである。諸君もこういう状況には、満員の客席にいる時とは別の高揚感を感じることであろう。厳密には、映画が始まって15分くらいして20代とおぼしきカップルが一組入って来たのであるが、このカップルは終了15分前くらいになるといつの間にか消えてしまっていた。映画を見に来たというよりは、おそらく映画館そばのレストランないしはラブホテルの経由地として活用しただけと推測される。映画館的には客一人は悲惨であろうし、諸君らにしてもどれだけつまらぬ作品を見に行ったのだと思われるかもしれないが、わたしには『副王家の一族』という作品は決して悪いものではなかった。特に日本の明治維新との類縁性で知られるイタリアの「リソルジメント」――「国家統一運動」と訳されることが多いが、実際には文化・精神面における革新も含めた広い文脈をもつものであった――を描いた作品として、この時代に対する非常に興味深い一解釈を秘めていたからである。


19世紀後半。シチリア島の都市・カターニャの大貴族ウゼダ公爵家は、ブルボン王家に次ぐ「副王」の家柄を誇っているが、その内実は醜悪この上ない。暴君的な当主ジャコモ(ランド・ブッツァンカ)の下、ほぼすべての親族は互いを出し抜くことのみを考え、憎み合っていた。ジャコモの嫡子コンサルヴォ(アレッサンドロ・プレツィオージ)はこのような一族のあり方に疑問を感じ、父にたびたび反抗するが、その勘気に触れ修道院に放り込まれてしまう。修道院内においても、叔父ブラスコをはじめとする宗教者たちの腐敗ぶりを目撃した彼は、繊細な従弟ジョヴァンニーノ(グイード・カプリーノ)とともに、赤シャツ隊による自分の解放を夢見て暮らす毎日を送る。1860年、ジュゼッペ・ガリバルディ率いる赤シャツ隊がカターニャからブルボン勢力を駆逐すると、ようやく青年コンサルヴォは自らの新たな人生を模索し始めるが、そこで彼が見たのは、相変わらず一族に対して気ままに力を振るうとともに、リソルジメント勢力をなりふりかまわず懐柔し取り込んでいく父の姿であった――映画のパンフレットの解説にも当然記されているが、この物語の筋立てを見たヨーロッパ古典映画のファンは、ルキーノ・ヴィスコンティの大作『山猫』(1963年)を当然想起しよう。シチリア島の大貴族、伝統を重んじつつ一族の存続を模索する当主、リソルジメントに乗じようとする野心ある若者といった要素は、まさに二つの映画に共通している(注1)。しかし一方でこの二つの映画は、そのリソルジメント観において非常に大きな違いを有している。


映画『山猫』の骨子を、「完全には実現されなかったイタリア統一運動と裏切られた革命の物語」としたヴィスコンティの伝記作家の言葉は正しい(注2)。ガリバルディのシチリア上陸を迎えたサリーナ公爵家の人々のうち、当主ファブリツィオ(バート・ランカスター)とその甥タンクレーディ(アラン・ドロン)だけが、これに対して主体的な行動をとる。赤シャツ隊に恐慌をきたすだけで実質的には何もなしえない一族を、貴族的威厳をもって取りまとめるファブリツィオは、若く野心的なタンクレーディがただ一人赤シャツ隊に参加しようとするのを許す。この映画で特筆に値するものの一つは、公爵の複雑な性格の描写である。彼は新たな統治者の施策(たとえば、あらかじめ結果が決められた、イタリア王国への統合をめぐる住民投票)を冷ややかに見つめ、長きにわたり停滞したシチリア社会を変えることは出来ないと言明し続ける一方、シチリアを停滞させてきたのが自分たち古き政治階級であることもよく知悉している。自らを支配の座から追い出した人々に明らかに不信を持っているが、その不信からは、新しき政治階級の誕生への期待もわずかながら見え隠れするのである。ゆえに公爵は、農村ブルジョワのカロージェロ――サロンでは単なる田舎紳士だが、実社会ではもはや無視できない力を持つ――も粗略に扱わず、統一イタリア政府の国会議員として自らの代わりに推し、その娘アンジェリカ(クラウディア・カルディナーレ)とタンクレーディの結婚を促すことで、甥の新しい政治階級としての飛躍をバックアップしようとする。しかしタンクレーディの方は、このような伯父の無意識的ともいえる新興勢力への期待を理解することはない。彼は統一戦争が終わるとあっという間に、自分が参加したガリバルディ派の赤シャツを過去のものとして脱ぎ捨て、彼らを排除した王政内での立身へと邁進していく――こうした二人の姿を通じて、ヴィスコンティは確かに「リソルジメントの変質」を描いたと言える。


ファブリツィオとジャコモ、タンクレーディとコンサルヴォを比べると、『副王家の一族』の特質がより際立って理解出来るだろう。『山猫』のファブリツィオが、敗者ながらも威厳にあふれる一種理想化された貴族であるのに対し、『副王家の一族』のジャコモは、自身の財産と権勢を維持するためにはなりふり構わない俗物である。一族に死者が出ればその遺産を掠め取り、ブルボン家に続く一門であることを自慢しながらサヴォイア家にいち早く接近し、軽蔑していた新興勢力にも「王の世には王の友、貧民の世には貧民の友」というポーズを突然取り出すなど、この「公爵」は生き残りのために手段を選ばない。しかし彼が「近代的」な合理主義者であるかと言えばそうでもなく、霊媒や心霊治療を真面目に信じているその様は滑稽というほかない(注3)。タンクレーディとコンサルヴォもまた、似て非なる「青年」である。前者が少なくとも一度はリソルジメントの中で戦ったのに対し、後者はそれに参加せず、ただ修道院の中で赤シャツ隊が僧侶たちを皆殺しにすることをただ待っているだけである。修道院から解放された後、コンサルヴォは町娘コンチェッタとの、ジョヴァンニーノはコンサルヴォの妹テレーザとの「自由な」恋愛にのめり込むが、ともに惨めな結果に終わる。『山猫』のタンクレーディの恋愛が、彼の政治的軽薄さにもかかわらず旧体制に対する一定の勝利の輝きを保っているのに対し、『副王家の一族』の二人のそれは、家父長制や封建的固陋さの厚い障壁に対するはかない逃避的反抗でしかない(注4)。コンサルヴォの一族や周辺から出たリソルジメントの「英雄」たちもまた、ある者はつまらない行政官に成り下がり、またある者は国会議員として「右派も左派もあるものか」と冷笑する(注5)。最終的にコンサルヴォは、旧時代を打破するというよりは、父が見苦しい愛敬を振りまかざるをえなくなった新政府そのものになることで、父を越えようとする。出馬した国会議員選挙における彼の演説は、「無政府主義はすばらしいが、私有財産権もまた守られるべきだ」といったもので、その内実は万人に対する詭弁であり、自分をも欺くものであった――総じてファエンツァ監督が、リソルジメントをより戯画的かつグロテスクなものとして描いているのは明らかである。


映画の最後のシーンには、老いたコンサルヴォが現れる。彼は自分の勝利に一応は満足しつつも、あたかもシチリアが変わらないことに諦観を示す『山猫』のファブリツィオのように、イタリア全体が変わらないことについて苛立ちの色を隠さない。しかしそのように言う彼が、選挙のたびにデタラメな公約を並べ続け、議会の党利党略を嘆きつつそれを活用して勝ち残ってきたであろうことも透けて見えてしまうので、観客は暗澹とさせられるほかはない。さらに歴史を知っている観客は、彼の支配のすぐ後に続いたのがファシズム体制であったことも想起するであろう。とすると、彼のような人物を生んだリソルジメントはどこまで肯定されるべきなのであろうか? 『山猫』におけるリソルジメントは、その「変質」が批判されつつもそれ自体の総体的な正統性は疑われていないのに対し、『副王家の一族』におけるそれは、完全に失敗した統一/運動/革命として、もしくはそのような性質を最初から備えていないものとして捉えられている。このような評価は、イタリア人でないわたしにはあまりにも厳しいようにも感じられるが、おそらくファエンツァ監督は、ヴィスコンティの活躍した時代には考えられなかったようなかの国の現状――シルヴィオ・ベルルスコーニ政権(首相個人ではなく)の乱脈ぶりや、それに対する「中道左派」野党の不能ぶり――を受け、その原点としてあらためてリソルジメント期を見い出し、マイナス面をより詳しく(しばしば、ほとんど揶揄的にすら見える描写によって)抉り出す方向へと進んだのであろう。


ともあれ、ここで取り上げた二つの映画は、時代劇(コスチューム・プレイ)としての荘重な仕上がりもさることながら、自国の近代についても批判的思考を促す機能を兼ね備えている点でも、優れた作品であると考える。わたしは映画史にうといせいもあり、こういった映像芸術を「我々」が有しているのかどうか知らない(知っている人にはご教示いただきたい)し、つくられるべきであるとも思う。正直、明治維新のイメージが、日本人と日本国の「青春賛歌」の枠に納まってしまうような、新撰組と坂本龍馬のドラマばかりではつまらないではないか(注6)。





(注1):映画のパンフレットによれば、トマージ・ディ=ランペドゥーザによる小説『山猫』は、19世紀末に活躍した作家フェデリーコ・デ=ロベルトによる小説『副王家の一族』を意識して書かれたということである。ところで、映画『副王家の一族』の日本語版公式サイトなどには「王政の終焉とともに貴族社会が終わりを告げても」という一文があり、『山猫』についても「貴族社会の終焉」をウンヌンする文章を本なりインターネットなりで見かけることがあるが、こういった語りは端的にいって不正確である。サリーナ家やウゼダ家のような「名門」にとって、新しい統一国家の王家となったサヴォイア家は、かつてのブルボン家と比べれば地方貴族に過ぎず、それゆえ彼らは新王室の藩屏として再編されるのに拒否感を示すのである。しかしこのことは当然ながら、イタリアにおいて王および貴族という身分が消滅したことを意味せず、新しい国民国家における「王政」および爵位制度は第二次世界大戦の敗戦まで続く。これらの点については、藤沢房俊『大理石の祖国』(筑摩書房、1997年)の記述が興味深い。それにしても、「王政と貴族社会の終焉」にロマンを見出すことへの是非はさておき、そのロマンを味わうために他国の「王政」や「貴族社会」を勝手に終焉させてしまうというのはなかなかあっぱれな話である。知的にも政治的にも自国の「王政」と格闘してきた経験の極めて薄い国民にはふさわしい「誤認」と言える。


(注2):ジャンニ・ロンドリーノ『ヴィスコンティ 評伝=ルキノ・ヴィスコンティの生涯と劇的想像力』(大條成昭ほか訳、新書館、1983年)


(注3):もっとも、ジャコモの馬鹿げた行いは「旧弊」の指標として捉えられるべきではないかもしれない。ヴィスコンティがミラノの公爵家(ルネサンス期に都市国家を支配していた)に生まれたことはあまりにも有名だが、注2で挙げた伝記によれば、新しい文化の摂取にも肯定的だった彼の父(マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』を新刊で取り寄せて読むような)も、心霊については真剣に信じていたそうである。いわゆる「淫祀邪教」崇拝の蔓延は「愚昧な民衆」のみに限られた話ではないということだが、西洋における近代への移行には、こういった「心霊崇拝」がむしろ「貴族の文化」としてあったのかも知れない。現在の日本で言えば、鳩山幸(鳩山由紀夫首相夫人)がオカルト好きらしいというのも、多分このことと関係していよう。しかし一番のオカルトは、この手の心霊崇拝を「民主主義」と関連づけて好意的に紹介できてしまう学者の存在である。


(注4):鳩山家に触れたついでに言うと、、『副王家の一族』を見たという鳩山邦夫のコメントによれば、かの日本の「名門」はウゼダ家と「正反対」の存在らしい。邦夫氏の言葉が正しいかどうかは、ぜひ諸君も映画を見て判断されたい(日本版のDVDも発売されるようである)。私見によれば、このコメントは鳩山兄弟がこれまでになしてきた数々の発言と合わせて、日本の「副王家の一族」一流のジョークとして永く記憶されるべきものである。


(注5):厳密に言えば、このセリフで冷笑されている「右派」と「左派」とは、ちょうど今の日本の自民党と民主党を思わせるグループである(イタリア史ではそれぞれ「歴史的右派」および「歴史的左派」と呼ばれる)。現代的な意味での「左派」、より明確に言えば「社会主義者」を名乗る人々が、始めてイタリアの議会に進出するのは1882年のことであるのだが、コンサルヴォが階級融和幻想を鼓吹しながら戦うのはまさにこの年の選挙という設定になっている。もちろん、ファエンツァ監督が上記のセリフに、現在のイタリアにおける「右派」および「左派」の状況を透過させているのは疑いない。


(注6):近年の視覚表現(映画は少なく、もっぱらテレビドラマ、マンガおよびアニメか)で描かれる明治維新でも、このどちらかまたは両方の登場率は異常に高いように思われる。「ご存じ」的なキャラクターが登場するのを確認する、またキャラクターについての解釈を見るという楽しみも、コスチューム・プレイにあることは否定しえない。しかし、維新勢力が政権を完全に奪取する以前に、奇禍に遭うなり新旧勢力の戦争の結果なりで若くして死んでしまう実在した人々の描写は、彼らの存在およびそれを通じた明治維新の描写を「生まれ変わる日本人と日本国の青春」へと収斂させ、それは「維新」そのものに対する歴史的・社会的な喚起をもほとんどなさない。いわゆる「十五年戦争」についての語りが、「特攻」と「青春」のイメージにのみ基づく場合、戦争総体の侵略的性格に対する受け手の認識を妨げることになるのに近いだろうか? ともあれ、また機会があればこのあたりの問題を今一度取り上げてみたいところである。



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