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「中東革命」は誰のものか、または匪賊対革命ごっこ(その1)

さて、先日言及した当方の知人によれば、エジプトではかつての御用新聞のいくつかが、急に大衆運動歓迎の論調を掲げるようになったらしい。エジプトの御用記者にならったのであろうか、日本でも主要情報産業の多くは、ムバラク氏をいまさら「独裁者」などと呼ぶことになったようだ。30年分の新聞をひっくり返して読みなおしたわけではないが、わたしの印象ではこれまで彼に付せられた形容詞はせいぜい「長期政権」くらいであったように思われる。隣国の指導者について最低限の礼儀も示さず、数日後には単なる誤報と判明するレヴェルの怪情報を端から端まで漁り、いやしくも一国のリーダーを毎日「独裁者」どころか「狂人」扱いしている人々が、かの国の「独裁者」には今までずいぶんと遠慮してきたものである。しかし一方で、中東には四半世紀にもわたって、欧米より「独裁者」「狂人」と呼ばれている人物がいる。すなわちムアマル・カダフィであるが、彼が40年あまりにわたって君臨してきたリビアでも「民主化運動」が起こっているというではないか。こうした状況にようやくわたしが気づいたのは、国連安全保障理事会がリビアに経済制裁を科したという報道を2月27日に読んでのことである。当方が知人の行方について追っている間にもリビア情勢については情報が流れていたはずなのだが、まったく眼に入っていなかった。


今から約三週間前、わたしが持っていたリビアについての知識は、プリキュアキックの威力とともに体得したエジプトの情報以上に少なかった。唯一、塩尻和子『リビアを知るための60章』(明石書店、2006年)という本の記憶のみがある。これも人にあげてしまったので、いま読み返すことができない。しかしその記述に信を置いて思い出す限りでは、カダフィ氏という人物は一応、どうしようもない「独裁者」ないしは「狂人」ではないという印象であった。しかしながら、一般的な意味での「政治家」ないしは「軍人」とも言えそうにない。わたしに連想されたのは、21世紀においてはもはや希少価値すら持つであろう「匪賊の頭領」の像である――建物に住みたがらない。しばしば外部社会(=西欧諸国)に挑発をしかけては退散することを繰り返している。仕事の分け前(=石油事業の利益)はそれなりに子分(=国民)にふるまうので、少なくとも内部ではそこまで嫌われていない。集会にて子分の意見は聞く(=「直接民主主義」)風はとっているが、結局はすべてを親分の鶴の一声で決めている。アピールにも大金を使うが、対外プロパガンダというよりは自身で虚栄に浸ることが主目的のように見える(=『緑の書』の出版)――こういった彼の「奇矯さ」には、何やら昔語りや夢物語が現実世界に飛び出してきたかのようなものがあるのは確かで、リビア当局が市民のデモへの「空爆」を加えたという話に憤慨している日本人のツィッターを見た際も、「匪賊」なのだからそのくらいドラスティックなことはやるだろうと変に納得してしまったものである。「匪賊」が一国を治めていて大丈夫なのかという懸念はもちろん生まれたが。だいたい、トリポリは人口100万を超す大都市だと聞くから、どこに爆弾を落とそうと市民どころか街の一角がぶっ飛ばされるはずである。ところが、少なくとも2月末という時点においては、この「爆撃」についての場所の映像や詳しい報道が出ておらず、「死傷者多数で大変」とあいまいなイメージのみが繰り返されるにとどまっており、この一件の詳細はその後の事態の転変にも覆い隠されわからなくなった。こうした流れにわたしは、最初の引っかかりを覚えたものである。


また、リビアの「民主派」が夢としているというカダフィ氏の放逐は、ある意味では西欧諸国にとっての夢でもないかとも考えられた。エジプトおよびチュニジアの指導者と違い、長きにわたりカダフィ氏は、西欧諸国――その多くはかつてアラブ・アフリカを植民地化していた宗主国である――にとって最も御し難い第三世界の人物であったのも思い出される。これらの諸国にとっては、過去への復讐のチャンスである。たとえエジプトやチュニジアにおける「革命」によって影響力を後退させたとしても、うまいことリビアにおいてそれを前進させることができれば御の字ということになるのではないか。地理的な問題に加え、後者は豊富な石油資源を持ってもいるのだから。さらに言うと、「我々」はカダフィ氏について(これはムバラク氏についてもそうであるが)、精度の高い情報を蓄積してきたとは言い難い歴史がある。諸君も御存じのように、日本の新聞雑誌は飢餓や戦争や自然災害のような事件の際をのぞいて、アフリカ大陸の動向に対して恒常的に力を割いているわけではないし、かの国に対するオリジナルな報道の欠落を埋め合わせているのは、しばしば露骨な敵意のバイアスにまみれた西側発の外信(特にアメリカのそれ)であった。すると、リビアの現在と歴史的経緯を考察するうえでは、長い期間にわたって自分たちに与えられていた「知識」というより「刷り込み」の影響に留意する必要もあるだろう。


そんなことを漠然と考えつつ、エジプトの知人の件が落ち着いたわたしは、3月上旬からいくつかの論評記事に突き当たっていた。最初に眼に留まったのは、日本でもごく一部で紹介されている、フィデル・カストロがキューバ共産党機関紙『グランマ』で不定期連載中のエッセイ「フィデルの考察」である。彼は2月21日の時点から、リビアでの事態がエジプトとチュニジアのそれと異なり、民衆運動よりも外側の言説が事態に先行していること、西欧諸国の帝国主義的干渉が予想されるので警戒すべきことを、繰り返し指摘している(英訳は、アメリカの社会主義理論誌『マンスリー・レヴュー』のネット版などで読める)。小国の「(元)独裁者」の先輩として他人事ではないと意地の悪いことも言えようが、逆に言えば小国同士の関係におけるリビアの役割、そこから見た「人道的介入」の脅威については示唆するところが大きかった。第一線を退いたカストロ前議長の文章は、彼の年齢にもかかわらず非常に冴えている。もしカダフィ氏が早くに第一線を退き「大佐の考察」をリビアの新聞に書くだけになっていたら、今頃かの国はどうなっていただろうか?


ところで、カダフィ氏とリビア当局がほとんど一斉に邪悪な存在として取り上げられている様は、上記したように日本における朝鮮の扱いとそっくりであるが、かつてリビアを直接植民地にしていたイタリアではどのようなことが言われているのだろうか。英語で書かれた文章に続いて、わたしはインターネットで眼に出来るイタリア語の文章を探してみることにした。残念だったのは、かつてアントニオ・グラムシが旧イタリア共産党の機関紙として創刊し、現在ではその後継政党にして最大野党であるイタリア民主党(注)に最も近い一般紙である、『ウニタ』の論調である。民主党のオピニオンにおいては、「邪悪なるカダフィ」の表象だけが突出することに対して何の疑問も抱かれておらず、よって自国の植民地主義の歴史と現状との関係についての真剣な考察も存在していない模様なのである。彼らは、ベルルスコーニ政権がカダフィ氏を外交相手とした際において、前者の財閥と後者の一族が私的に権益を分け合うような癒着があったと攻撃しつつ、「独裁者の友人は首相にふさわしくない」という名目で「ベルルスコーニおろし」を進めていた。だが、ベルルスコーニ氏が首相にふさわしくない理由なら他にいくらでもあるのではないか。別に下半身問題のことではなく、彼がひたすら政治的にひどいということである。そもそも、彼がリビアと私的癒着を深めることができるほど、政界や財界に野放しにしているのはどこの誰だという話になりはしないか。しかしもちろん、イタリアには彼らのようなボンクラばかりでなく、三週間以上前の記事にもかかわらず、今読んでも示唆に富むものを書く人々が複数存在するようである。次回以降、遅まきながらそのいくつかを紹介出来ればと思う。



(つづく)





(注):1991年に旧イタリア共産党が解党すると、その多数派は「マルクス・レーニン主義」を放棄することを公式に謳った「左翼民主党」を結成するが、この党はさらに「左翼民主派」⇒「民主党」と党名を変更している。「共産主義」だけでなく「左翼」であることも捨てたというのはなかなか興味深い事実である。こういった党名変更には、従来の支持母体だけでなく右ウィングの広範な取り込みによってベルルスコーニ政権を倒すという試みが含まれているのだろうが、あのベルルスコーニ氏が中央政界に登場して15年以上も居座り続けていられる(ちなみに、ベニート・ムッソリーニの「独裁」は約20年である)こと自体、彼らの試みがほとんど壊滅的に失敗している証拠ではなかろうか。なお、先ほど見かけたニュースによれば、ベルルスコーニ首相がリビアへの軍事介入への協力(主には基地の提供)について、言われている「癒着」のせいか若干ながらも躊躇を見せていたのに対し、民主党首脳は「国連の枠内で」とエクスキューズを加えつつも、よりリビアへの介入には積極的なようである。「国連の枠内」なら他国への爆撃も戦争行為にはならないのか、そもそもこの戦争は「帝国主義戦争」ではないのかといった疑問もさりながら、「独裁者」と呼んでいる自国の指導者をいつまでも排除できないこうした「中道左派」は、外部の「独裁者」に対しては常に勇ましいようである。現在ベルルスコーニ氏は、「ハート泥棒ルビー」をはじめとする未成年の少女たちと次々と同衾した容疑について司法の追及を受けているが、彼と彼女(たち)がジョン・レノンとオノ・ヨーコに見える日も遠くないだろう。



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