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国語に弱い人と歴史に弱い人

わたしは漢字に弱い。当『博愛手帖』に先ほど書きこんだ文章について、即座に諸君のうちでも賢明な何人かから「“上意下達”が“上位下達”になっている」および「“佐藤優”は“佐藤勝”じゃありません」という二点の指摘を受けた。これでは国語のテストも赤点、麻生太郎とともに漢字書き取りドリルを居残りでさせられそうな体たらくである。だから誰にもバレないよう、こっそり書き直しをしておいた。


しかし「我々」の麻生首相が醜悪だとすれば、漢字を知らないところにあるのではない。じゃあ何からその醜悪が発生するかと言えばまぁいろいろあるのだが、まず挙げられるのは歴史的事象への無知からだろうか? なにしろ、いわゆる十五年戦争期にとてつもない日本軍が東アジアで繰り広げたとてつもない出来事を知らないし、当時麻生家が誰をとてつもなくコキ使ってどれくらいとてつもなく儲けたのかについても知らないのである。無論知っていてトボけているという説もあるが、何にせよ歴史について無知なり無理解なりを示すという事は、漢字を知らないよりも、「我々」以外と付き合う際にはよほど問題になるという当たり前の話が忘れられている。わたしも前回の文章において、「世界恐慌をきっかけにドイツ共産党は一気に議会に進出し」と書いたが、手元の資料集を眺めると厳密にはそうではない(1928年の時点で議会占有率は10%以上だった)。ここも訂正しておいた。やはり首相とともに、とてつもない補習をせねばなるまいか?
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