「銀行民主主義」に「学ぶ」

イタリアでシルヴィオ・ベルルスコーニ内閣が倒れた。これは一応、かの国の「国家の品格」にとって慶賀すべきことであろう。しかしそれを倒したのが、かの国のいかなる大衆運動でもなかったという事実は、例によって厳粛に認識しなければならない。昨年末、イタリアでは教育予算大幅削減を含んだ「改革」に対し、全国合わせて10万人単位を動員した大規模な学生たちのデモが行われたが、法案は通過した。今年6月、水道の民営化、原子力エネルギー採用、そして司法に対する首相特権などの是非を問う国民投票において、いずれの項目も反対票は約95パーセントにも上ったが、政権に対する不信任ともとれるこの結果が倒閣の決定打になったわけでもなかった。かのアントニオ・ネグリは5年ほど前に「左翼? 左翼にどれほどのことができるんですか。彼らはベルルスコーニを負かすことすらできなかった。私たちにいま、必要なのはそれでしょう?」と、ベルルスコーニの存在一つ潰せない既成「左翼」を馬鹿にしていたが、今回の内閣解体プロセスにおいて彼の一派もまた何の役に立っていたかは謎である(注1)。「中道左派」については言うまでもない。


それにしても、ベルルスコーニ氏の後任として現れた人物については、「我々」のみならずイタリア人の多くもまた知見が薄いようである。マリオ・モンティってだれ? わたしは金融の問題にはまったく疎いのだが、このモンティ氏は、「民主党」出身のジョルジョ・ナポリターノ大統領がその権限によって、終身上院議員に突如指名した人物である。これまで国会議員として活動したことがついぞない彼は、かの国のエリート・ビジネスマンを養成するボッコーニ大学の学長、国際銀行の重職を歴任した金融の専門家というふれこみであり、今年11月にイタリア人としてヨーロッパ中央銀行総裁となったマリオ・ドラーギ(注2)とも昵懇なことから、破綻寸前とされる国家の経済危機を救うため「左右対立にとらわれない」よう、与野党いずれからも大臣を選出しない「専門家内閣〔governo tecnico〕」の長となった。ギリシャの新首相も元ヨーロッパ中央銀行副総裁であるが、西側「民主主義国家」の立法機関の上に、「非常事態」という名目のもと天から降臨したのは、テクノクラートだったわけである。同じように金融危機が叫ばれているスペインでは、先日つつがなく総選挙が行われ「中道右派」が第一党に返り咲いたそうだが、イタリアやギリシャではこうした「国民の審判」が何ら行われていない。


「民主主義国家」の「非常事態」において軍部が政治権力を委託された場合、それは「戒厳令」と呼ばれる。ならば銀行家に委託された場合は何と呼ぶべきであろうか? 「先進国」において「(自由)民主主義」の指標とされる議会のようなものは存在するし、「独裁」という無内容極まるタームで呼ぶべきでもない。しかし、ヨーロッパ中央銀行などの肝煎りで銀行家が突然首相となり、それによってその機能と権威がかつてなく低下したことも事実なので、ここでは仮に「銀行民主主義」としておこう。こうしたイタリアの状況についてだが、「匪賊対革命ごっこ」シリーズでも引用したイタリアの左派系ジャーナリストの老兵ジュリエット・キエーザは、先月半ばのインタヴューにおいて、一国の「国民主権」が新首相を通じて外部の国際銀行をはじめとする金融勢力に侵害されていると弾劾し、そもそも自国の負債は不法な手段で生み出されたものであるから払う必要はないとまで主張している。彼によれば、私的債務という観点から見た場合、イタリアはヨーロッパで最も健全な国の一つであり、それは国内総生産の42パーセントに相当するものの、フランスやスペインのような国の私的債務はこれを上回る比率で存在する。特にユーロ圏の外にいるイギリスの私的債務に至っては、イタリアの二倍以上にあたる国内総生産の103パーセントである。もちろん総額でみれば私的債務より公的債務のほうが多いのだが、この公的債務をイタリアの「甘やかされた」国民性なり低労働生産性なりによるものととらえるのは間違いであり、それは1990年代から進んだ各種の規制緩和によって、国内組織や海外の大投資銀行(注3)が、安易に利率の高いイタリアの短期国債に飛びつき、無謀な投機を繰り返した結果でしかない。こうした事例の責任を取る者なくして、緊縮財政も国民への負担転嫁もあり得ないではないか。むしろこの「非常事態」は、「ヨーロッパ統合」の美名の下に、野放図な金融資本主義システムを肥大化させる方向がさも不可逆であるかのように進んでいる、現在のヨーロッパのあり方を最初から問い直し、より民主的な「ヨーロッパ統合」のためのフォーラムの形成へと転化されなくてはならない――


実際問題として「徳政」の主張がどこまで可能かどうかとは思うし、こうしたキエーザ氏のレトリックは「六千万の国民」や「一つの“オルタナティヴな”ヨーロッパ」の強調が過ぎ、現実のヨーロッパ経済を大いに支えている移民の話もまったく出てこなかったりするのだが、「銀行民主主義」を「イタリアの救済」としてそのまま受け入れるよりは健全な姿勢である(注4)。また、リビア戦争批判から連結する彼の金融資本主義批判は、一皮むけば「銀行民主主義」国家でしかなかったイタリアと、それを容認しているヨーロッパの他国のあり方、そして彼らがアラブ諸国に移植すればよいと考えている「民主主義」の特質について推察する上でも、学べるものがある。


ところで、ここ2週間くらいの『朝日新聞』は、イタリアを含むヨーロッパにおける「市場と民主主義の相克」について記事を組み、江守徹演ずるハムレットばりに悩んでみたいようなのであるが、残念ながら悩むための頭脳が記者たちに欠落していることを疑わせる企画も同時に行わっている。たとえば、2011年11月29日号に掲載された「耕論」、すなわち甘糟りり子、飯島勲、後房雄の三氏によるオピニオン欄がそれである。副題は「ベルルスコーニに学ぶ」とあるが、どのようなことを「我々」は彼から学ぶべきか。まず甘糟氏の発言を見てみよう――日本の「チョイ悪」って「はしたない」ですよね。ベルルスコーニ首相の少女買春って「チョイ悪」どころか「極悪」じゃないですか。野田首相は彼と違って腰が低いけどしたたかそうですよね。私はアルファ・ロメオのスポーツカーが好きです。話題になったベネトンの広告写真では失脚したベルルスコーニ氏のそれは使われていませんでしたね。ウンヌン。1000字ほどのスペースにも関わらずその語りは実に茫漠たるものである。いい年こいたおっさん(75才のベルルスコーニ氏はすでに「じいさん」と呼んでよいだろうが)の少女買春は「極悪」という、一般論的部分にだけは同意できるかもしれないが、まあ全体としてみれば、日ごろ彼女が書いている文章とまったく同じように微笑ましくも無内容である。読者数百万を謳っている「公器」に無内容であることをもって尊しとする種の文筆家が出張っているという事実には閉口させられるが、それは(残念なことに)彼女だけの話ではないし、少なくともこの一文については、彼女の知識のカラッポぶりも単なる印象論もさほど害毒には転じていない。しかし、このような発言を「オピニオン」と銘打って読者に提供しようとすることの是非は社内で問われないのか。


これに対し、小泉純一郎元首相の秘書として著名な飯島氏は、甘糟氏と同じくイタリアについて格別の知識は持っていないであろうにもかかわらず、彼の発言からはこの政変におけるポイントがひとつ見える。飯島氏によれば、現在の日本が「真っ先にやらねばならないこと」は現在国会で焦点となっているTPPではなく、「税と社会保障の一体改革」による財政再建であるが、イタリアと同じように借金大国である日本を顧みれば、自己の辞任と引き換えに予算を通した前首相は「政治家として立派」だったと言っている。小泉氏以降の歴代日本国首相に対する彼の当てつけはどうでもいいし、発言のリードにある「政策に職賭す覚悟と決意」なるものがベルルスコーニ氏にあったと考える必要もない。ベルルスコーニ氏にあった「覚悟と決意」とは、一日でも長く首相の座にしがみつくことでしかなかっただろう。彼のような人物にそれを捨てさせてまで、緊縮財政を貫徹させようという総体的意思をイタリア(とヨーロッパ)の金融関連の勢力は強力に有しているということ、そして日本もそれにならって動く(動かされる)ということである。これは必ずしも「ベルルスコーニに学ぶ」ことにはなっていないが、「我々」が「学ぶ」べきことではある。


しかし問題は、論者の中で最もイタリアについての専門的知識を有しているはずの後氏の発言であろう。リードによればベルルスコーニ氏は「日本にほしい夢の体現力」の持ち主であり、「日本にいま必要なのは、ベルルスコーニのような政治家だ」とすらのたまっているのである。まず後氏は、ベルルスコーニ氏に汚職やスキャンダルがあっても、なお支持する人は大量にいるし、三度首相になったというのは「夢の体現者」だからだと言う。これは目新しくないが妥当な指摘であり、イタリア在住のある日本人ジャーナリストも1999年の時点で、イタリアン・ドリームの体現者としてのベルルスコーニ氏へ集まる羨望について記述している。しかしそれは無論褒められたものではなく「成功神話の妄想もここまでくると重症だ」と端的に評されるものであるし、首相の「成功」がいかなる手連手管に基づいたものだったかについても、この記者はしっかり指摘している(注5)。一方で、10年以上前から続くこうした「成功神話」の歳月を経て、イタリアが精神的または物質的にどう変貌したのかは気になるところだが、後氏はそういった具体的な部分についての分析は一切してくれない。また彼は日本の民主党が情けないとこぼす一方で、ベルルスコーニに対抗する立場であり、彼の研究対象であったはずの90年代の中道左派連合「オリーブの木」の中核、すなわち現在のイタリア民主党の歴史的評価もない。つまり、ベルルスコーニ氏に関する「神話」を排しつつ、最も綿密に彼とその時代を評価できるはずの「政治学者」が、何もしていないのである。その代わりにあるものと言えば、熱い新自由主義のススメである。


「イタリアも日本もまだ、徹底した新自由主義的な改革を経ていません。グローバル化する世界経済のなかでは改革を進めるしかないのに、「大きな政府」を引きずり、規制緩和も進まない」……ちょっと前に、似たようなことをナントカの一つ覚えで繰り返していた学者がいた気がするのだが。そう、日本のボッコーニこと(?)慶応義塾大学の竹中平蔵であるが、彼の全盛期はそれこそ先の飯島氏が盛りたてていた小泉元首相の時代であり、いまさら後氏がこんなことをしゃべる理由が分からない。後氏のブログ(注6)のうち、この朝日新聞の記事について触れた記事だけをわたしは読んだのだが、そこでは「私の従来からの主張」として「自由主義的改革は左右が共有すべき時代の課題」などとも繰り返されている。しかしイタリアでかつては「オリーブの木」に、今は民主党などに投票している人が求めている「改革」が、本当に彼が主張する性格のものかどうかは疑わしい。おそらく彼らには、たとえば「共産主義」がもうダメで古く「改革」が必要だといった認識は大いにあるだろうが、ベルルスコーニ氏の進めてきた種の「改革」(それはそもそも「自由主義的」なのか?)が自分たちの「改革」と同じであり、その「課題」を「共有すべき」とは思っていないだろう。「改革」とは誰でも言えるし「どのような」の部分が重要である。後氏は新聞において、イタリア民主党が不振な理由について述べていないが、それはむしろ彼らが多かれ少なかれ、ベルルスコーニ流「改革」と同じことを同じように進めようとしているためではないかとわたしは疑っている。旧イタリア共産党時代に顧客にしていた階層に対し多大な犠牲を求める一方で、金融市場の興隆に対しては無限に譲歩を続けるのが「第三の道」モデルとすれば、そのようなものが人気を得られる方と考える方がおかしいではないか(それを可能にするのは言葉の刷り込みだけである)。また、二大政党が同じ性質の「改革」の速さを競うだけだったら、その実施には単一政党の方が効率がよいだろうし、テクノクラートだけのモンティ内閣のようなものでもいいことになる。


そして、後氏が「日本のベルルスコーニ」として注目しているのは、大阪の橋下徹新市長らしい。新聞では「財界出身ではないけれど、民間の発想を掲げている」という発言にとどまっているが、ブログの「あえて「独裁」が必要だと言いきった橋下氏は、こうした時代状況を見事に捉えていたということです。これに対して、正面から独裁だ、ハシズムだという時代がかった批判は、絶好の餌食にされました」といった言葉からは、橋下氏の勝利に痛快さすら感じている様が伝わってくる。橋下氏が府知事だった時分の「成果」については、たとえば社会保障という観点から、また人権擁護という観点から、簡単にネット記事を探しても事実に基づいた批判が見つかるのだが、政治学者の後氏は「独裁」を公言する「夢の体現者」をただ追認するだけである。先ほど引用したフレーズにならって言えば「新自由主義成功神話の妄想もここまでくると重症だ」。無内容さでは甘糟氏と同等、しかも政治的効果はより劣悪である。なんにせよ、彼がここ20年近くやってきたイタリアの「中道左派」の紹介と称賛は何だったのかと思うが、要するに「改革」というタームがついてまわる対象ならば何でもよかったようだ。そして、「市場と民主主義の相克」を何やら深刻ぶっておきながら、こうした妄想に「学ぶ」ことを訴える新聞は「重症」を通り越して「危篤」である。







(注1):アントニオ・ネグリ『未来派左翼』(廣瀬純訳、NHKブックス、2008年)。ところでこの本の原題は“Goodby Mr. Socialism”というらしいが、なぜそれが「未来派左翼」という未来も何もなさげな日本語題名にされてしまったのか知りたいところである。確かに、「さよなら社会主義先生」とでもすると下らないマンガのようになってしまうが、「未来派左翼」と「(そうでない)既成左翼」の二分操作で読者を得ようとする方策がすでに「未来派」でないように思われる。そもそも「未来派」といえば、20世紀前半のイタリアのアヴァンギャルド芸術集団としての「未来派」が有名だが、彼らは最初無政府主義的な政治プログラムを支持しておきながら、最終的にファシズムに傾斜してしまったという話もある。


(注2):1991年より財務省局長を10年にわたって務め――「中道左派」「中道右派」の内閣が入れ替わり立ち替わりする中で――国営企業(銀行、エネルギー、通信など)の民営化および規制緩和政策の一貫した推進者となった。2006年から2011年までイタリア銀行総裁。ジャン=クロード・トリシェ(ヨーロッパ中央銀行の前任総裁)との連名で、ベルルスコーニ首相あての「書簡」を8月初頭に発表し、イタリアの短期国債市場の債務危機を強調した。イタリア語の全文は保守系紙『フォリオ』のサイトなどで読める。


(注3):モンティ氏は一年、ドラーギ氏は数年、ゴールドマン・サックス銀行の重役を経験している。前者は首相としての給与を返上したいと述べその「無欲」が喧伝されているそうだが、たった一年の重役期間でもイタリア首相としての給与の数年分以上にはなるのではないか。「2006年のデータ」によれば、同銀行の「会長は役員報酬として32億円の現金と18億円相当の株式を得た」とのことである。


(注4):ベルルスコーニ政権の基本路線は、1990年代以降「先進国」において本格化した新自由主義的潮流の中にあるだろう。しかしおそらくイタリアが特異なのは、ベルルスコーニ氏が自身の所属する勢力なり階級の総体のみならず、あまりにもたびたび私的な目的のため――ある時は下半身スキャンダル逃れに、またある時は汚職追及逃れに、さらにある時には――にも公権力を蕩尽してきたところにある。このことは実は、ベルルスコーニ氏が政策を進めておきながら彼個人のイレギュラーな要素が災いして相手を崩しきれない(左翼政党は一応議会から放り出したが、それなりに戦闘的な各種社会運動や労働運動は野においてなお唸りをあげている)という意味で、保守勢力総体にとっても問題であったろう。ゆえに新首相の誕生は、今度こそ面倒な反対派を抑え込み「完全な」新自由主義的政策を推進するチャンスに転じうるということである。一方で、これまで大手の「中道左派」および左派メディアは、ベルルスコーニ氏個人のあまりの乱調ぶりに焦点を当てることで、彼の存在そのものが「非常事態」であると指摘してきた。ゆえにイタリア国民はもとより、「我々」もモンティ氏の降臨は「非常事態」からの「正常化」であると見なしがちなのだが、この勘違いが新しいつまずきの石となる可能性にこそ用心すべきであろう。


(注5):村上義和編『イタリアを知るための55章』(明石書店、1999年)第25章、「現代の神話とタブー」(佐藤康夫執筆)。


(注6):この一文の最後の方には、「クリントン、ブッシュ・ジュニア、サッチャー、ブレアなどの回顧録を読みましたが、それぞれなりに本物という感触がありました」ともある。イタリア民主党の指導者にも本を書く人はそれなりにいるのに(たとえば前ローマ市長・元党首のワルテル・ヴェルトローニなどは小説まで発表している)ここで言及がないのは、前二者のように植民地主義的対外戦争によって支持率アップを図ったり、後二者のように福祉国家を解体して国民の生活水準をガタ落ちにしたりする「本物」がいないせいかもしれない。わたしは深く掘り下げるつもりはないが、政治的ジョークをお捜しの諸君には彼の他の記事にも発見があるだろう。




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