堕落に終わりはない(1)

友人の一人曰く、「選挙の前後というのは概ね自分をとりまく政治状況について改めて認識させられるという意味で非常に不快になる」。実に同感である。


2009年、当時存命していた「古典的マルクス主義者」武井昭夫の本を紹介する際にわたしは、
「人民が持つべき階級意識を失い、情報産業の操作によって容易に動かされる存在に成り果てている」
「資本主義への対抗勢力が示すべき変革のプログラムを示せていない」
「その結果として労働者や市民は、『政治的ニヒリズム』と『盲動的ポピュリズム』を振り子のように行き来する、自己と社会の変革への道を見失った『民衆』へと衰退している」

といった、自分なりに読み取った著者の見解の大枠について述べた。しかしこうした日本の傾向は、とりわけ2010年代に入りますます進行しているらしい。今年の11月、ひさしぶりにこの「手帖」に文章を書き加えた際、わたしは紹介文を現在のように書き換えた――「帝国主義戦争の危機が迫っている。『我々』が最悪のそれをやらかす危機が」と。とっくに結果など僕らには分かっているのだよとでも言いたげな報道産業が垂れ流している数字にもメゲず、選挙後にいよいよ顕在化するであろう「我々」の「やらかす危機」に本気で対抗しようと思う人々のヒントたりうるものとして、わたしは今回もジャン・ブリクモンの一文を紹介したい。『カウンターパンチ』誌のサイトに2012年12月4日づけで発表された、「反-反戦左翼に用心せよ――なぜ人道的干渉主義はどん詰まりなのか」と題された一文で、ブリクモン氏は「反―反戦左翼〔anti-anti-war left〕」の生態とその害悪について詳しく語っている。これは前々から彼が「戦争賛成左翼〔pro-war left〕」と呼んでいたものと、ほぼ同じものと解釈してよいと思うが、日本においても、中国や朝鮮といった近隣諸国と「やらかす危機」が勃発する際には、こうした人士が必ずや大量発生することであろう。


残念ながら当方の無力により、今日までにすべての部分の訳出がかなわず、今回は前半のみの紹介となる。選挙後には私個人の見解と合わせて、後半部分もぜひ紹介して完全を期したいと思っている。もちろん、英文でも大丈夫という方は拙訳など放っておいて、ただちに原文をご覧いただきたい。


http://www.counterpunch.org/2012/12/04/beware-the-anti-anti-war-left/





反-反戦左翼に用心せよ――なぜ人道的干渉主義はどん詰まりなのか〔※前半部分〕


2012年12月4日
ジャン・ブリクモン



1990年代、とりわけ1999年のコソヴォ紛争より、西洋諸国とNATOによる武力介入に反対する人は、一種の(その極左的な部分を含めて)「反―反戦左翼〔anti-anti-war left〕」とでも呼ぶことのできる何者かと対立することを余儀なくされている。ヨーロッパ、それもフランスではとりわけ、反―反戦左翼は、社会民主主義の主流派、緑の諸政党、ラディカル左派のほとんどによって構成されている。反―反戦左翼は、西側の軍事干渉への賛同をあからさまに告白することはなく、時にはそれを批判しさえする(しかし通例、批判されるのは、軍事干渉の戦略ないしは疑わしい動機に対してだけである――西洋は正しい大義を支持している、しかしやり方がまずいし、石油や地政学的理由によるものであるから、と)。しかし彼らのエネルギーのほとんどは、こうした干渉へ断固反対し続けるという、左翼のある部分が示す危険な傾向と見なされるものへの「警告」を発することに費やされている。彼らは我々に、「自身の国民を殺害する独裁者」に対する「犠牲者」へ連帯することと、膝蓋反射〔knee-jerk〕的な反帝国主義、反米主義、ないしは反シオニズムに屈服して、とりわけ極右と立場を同じくすることになってはならないと要求する。我々は、1999年のコソヴォ-アルバニア間の紛争以降、アフガニスタンの女性、イラクのクルド人、そしてごく最近ではリビアとシリアの民衆を「我々」が守らなければならないのだと聞かされ続けている。


この反―反戦左翼が恐ろしく効果的であり続けていることは否定しがたい。想像上の脅威に対する戦いとして公衆に売り込まれていたイラク戦争は、実に素早い反対を沸き起こしたが、コソヴォ州をユーゴスラヴィアから引きはがすための爆撃、カダフィを片づけるためのリビアへの爆撃、または現在進行中のシリアへの干渉のような、「人道的」なものとして提示される干渉については、左派の側からの反対は本当に小さい。帝国主義の再来への異議、またはこうした紛争を扱う際に平和的諸手段を採用することへの賛成は、「R2P〔=Right to Protect〕」、すなわち保護する権利ないしは責任、もしくは危険にさらされている人々を助けにいく義務が喚起されることで、容易に掃き出されてしまっている。


反―反戦左翼の原理的なあいまいさは、干渉し保護する者としての「我々」とは一体だれなのかという問題にある。西側の左翼、社会運動ないしは人権組織に対して、かつてスターリンが教皇庁に尋ねたのと同じ質問を向けることができるだろう。「あなた方は何個師団をお持ちかな?」。つまり実際のところ、「我々」が介入することが想定される紛争とは、すべて武装紛争なのである。干渉するとは「軍事的に」干渉することを意味するのであり、それゆえ求められるのは適切な「軍事的」手段である。そのような手段を西側の左翼が所有していないことは完璧なまでに明らかである。合衆国の代わりに、干渉がヨーロッパ諸国の軍隊に要求されることもあるだろうが、ヨーロッパ諸国の軍隊が合衆国の多大な支援なしにそれを済ませたためしはまったくない。だから実際には、反―反戦左翼が発している事実上のメッセージはこのようなものとなる。「お願いです、アメリカの皆さん、愛しあうのではなく戦争をして下さい!」。さらによいことに、アフガニスタンとイラクの統治の大失敗によって、アメリカ人は陸軍部隊の派遣を避けるようになっているから、こうしたメッセージは、人権侵害が起こるであろうと報じられる諸国に対し、アメリカ空軍が爆撃に行くことを要求する以外の何物でもないものとなる。


もちろん、今後は人権をアメリカ政府の善意、その爆撃機、そのミサイルランチャー、その無人戦闘機〔drones〕にゆだねるべきであると、誰であれ主張することは自由である。しかし、武装闘争のさなかにある反乱なり分離主義運動なりを「連帯」し「支援する」ためになされる、あらゆるこの種のアピールの具体的な意味あいが、そのようなものとなっているということを理解するのは重要である。こうした武装運動が必要としているのは、ブリュッセルやパリでの「連帯デモ」の最中に叫ばれているスローガンではないし、彼らはそうしたものを要求しているわけではない。彼らが欲しいのは重火器であり、彼らは自身の敵が爆撃されるのを見たいのだ。


もし反―反戦左翼が正直ならば、こうした選択について率直に語り、公然と合衆国に、人権が侵害されているあらゆるところを爆撃しに行くよう頼まなければならなくなるだろう。しかしその時には、その帰結を受け止めねばならないだろう。実際、「独裁者に虐殺される」人々を救うと想定されている政治・軍事階級とは、かつてヴェトナム戦争を遂行し、イラクには経済制裁と戦争をしかけ、キューバ、イラン、その他彼らに同意しない諸国には今もって恣意的な経済制裁を科し続け、イスラエルには無条件で多大な支援を提供し、アルべンス〔1950年代のグアテマラの軍人政治家〕からチャベスまでの、さらにはアジェンデやグラール〔1960年代のブラジルの大統領〕その他も含めた、ラテンアメリカの社会改革者たちにはクーデタを含むあらゆる手段を用いて対抗し、そして恥知らずにも世界中で労働者と資源を搾取している、その政治・軍事階級に他ならないのである。このような政治・軍事階級に「犠牲者」を救済する道具を見いだすのは、目に星の輝いている〔starry-eyed〕ような人でなければできまいが、反―反戦左翼が要求しているのも事実上こうしたことになる。なぜなら、世界における所与の力関係の中で、彼らの意思を押しつけるのに使える軍事力は他にないからである。


もちろん、アメリカ政府は反―反戦左翼の存在にほとんど気づいていない。合衆国は、成功するチャンスや、戦略的、政治的、経済的利害を彼ら自身で見積もることによって、戦争を遂行するかどうかを決定する。そして戦争がひとたび始まれば、彼らは勝つためにあらゆるコストを払う。市民やその場に居合わせただけの人々を脇に置いておける紳士的な方法を使い、真の悪党どもを相手にする、よい干渉だけをなすことを彼らに求めるなど、いかなる意味もなさない。


「アフガニスタンの女性を救え」と呼びかける人がいるとすれば、実際にそれはアメリカに干渉することを求めているのであり、中でもとりわけ、アフガニスタンの市民を爆撃しパキスタンで無人戦闘機を撃ち落とすよう求めていたのである。彼らに対し爆撃ではなく保護を求めることが無意味なのは、射撃と爆撃が軍隊の機能だからである(原注1)。


〔以降は次回〕





(原注1):シカゴでの最近のNATO首脳会議において、アムネスティ・インターナショナルは、アフガニスタンの女性のための「進歩を維持する」ことをNATOに求める一連のポスター・キャンペーンを開始したが、それには何の説明もないというか、どうして一軍事組織がそうした目的を果たすと考えられたのかという疑問さえ浮かび上がらせている。




[付記:翻訳文の中で記事の発表日を「10月12日」と誤記していたのを、正しい日時に訂正した(2012年12月16日)]



スポンサーサイト