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「自由」を高く買わされた気もするが(後編)

承前


K:ともあれ、人生の意味とは奴隷労働のようなものにはない、そうだろう? 理論の上では、人生の意味は社会主義ないしは共産主義システム――人生の質を高めるためのもの―――の実際の一部だった。人生の質が問題であったから、事物の量を消費することは必ずしも必要ではなかった。反対に、資本主義経済システムは「市場」に基礎を置いている。そのイデオローグたちは言うには、そうしたシステムはより多くの商品を供給できる。ご存知の「モノ」だ……しかし価格は、生活の質を劇的に減退させるのだ。


V:車を3台、携帯電話を5機持っていたとしても、それは本当に必要なものではない。


K:それらは必要ではない、そして生きるための時間がないだろう。自分の職を失うことや、その他の多くの事柄に、常に脅かされている。


V:ゆえにあなたはこうしたすべてに対し戦い、自身のアート、自身のパフォーマンスを、資本主義下の生活におけるバカらしさへの攻撃に使っているのですね。これらすべて――権力、搾取、抑圧……――と密接に関係している、宗教の教義もあなたは攻撃しています。そしてあなたは帝国主義も攻撃している。あなたは世界中からどのような反応を受けていますか。というのも、あなたはここだけでなく、アメリカ、ヨーロッパ全土、中国、イスラエルやその他の多くの場所でもパフォーマンスを行っているからです。ギャップを埋められていますか? こうした芸術、こうした政治的かつ社会参加的なパフォーマンスを人々が望んでいると、あなたは感じていますか?


K:私はそう思っている。私は肯定的な反応を得てきたし、そうした事実が実際に私を歩ませ続けている。しばしば人は直接、私に路上で近づき語りかけてくる。「あなたの芸術はすごい。あれこれの愚かしさについて、私の認識を広げてくれる!」と。私の作品にどれだけ多くの人が惹きつけられているかは知らないが……
 私のパフォーマンス、私の芸術――それはいわゆる「第二の文化」の結果だ。多くの資金を必要としない、芸術形式の一つだ。それを上演するための、劇場のような恒常的な空間も必要としない。主に自身の肉体を活用する芸術形式の一つで、自身の自由になる肉体を、常に君は有している。それは生活自体のコンテクストの中で演ぜられる。つまり、この生活の一部として、状況を創り、何かへの認識を立ち上げ、何かを批評する。そうすると現実の人々がそれに反応し始める……周りを囲む人々が参加者となって行く……鑑賞者から、彼らは参加者へと変わる……これに対して現実の劇場では、俳優と鑑賞者の区別があり、そして彼らが「第五の壁」〔ママ〕と呼んでいるものがある。私のパフォーマンスの最中には、壁はない。直接的な芸術である。芸術と生活の融合のようなものだ。
 私は常に言っている。劇場の中で役者が、自分が苦痛を味わっていることの真似をするのに対し、私のようなパフォーマーは、本当に苦痛を経験しているのだと。
 パフォーマンス・アートは本当に素晴らしい。人類の出現からここまで続いているものだ。


V:ミランさん、あなたは世界各地で直接行動を行っていますね。イスラエルのパレスチナ人への扱いを攻撃している。チェコのロマ人への扱いを攻撃している。チェコの白人とジプシー/ロマ人を隔離するために建設された、ウースチー・ナド・ラベム〔チェコ北西部の都市〕の恥辱の壁を、ほとんど一人で掘り崩そうとしました……あなたはキリスト教によってなされた人道に反する罪を明るみにするため、教会の僧侶たちに生肉を投げつけた。ショッピング・センターやモールに押し入っていくのは、貪欲の神を嘲笑的に礼拝するためです。あなたがしていることは、他の人たちが全くしようとしないばかりです。あなたはこれまで逮捕や脅迫、さらには襲撃されたりしたことはありませんでしたか?


K:その通り、何度もだ! 私は何度も逮捕されてきた。住宅ローンのスキャンダルが問題化した当初、ボストンで有名になった演目を行った時には、法廷に立たされたことすらあった。その頃銀行は貧しい人にローンを貸し付けていたが、貧しい人たちは借金の返済が出来なくなると、自殺を試みるようになっていた。ゆえに私は、当時もっともおぞましく嫌悪感を抱かせる組織の一つだった、バンク・オブ・アメリカの本部の前でパフォーマンスを行うことに決めた。人々を欺いていた連中だ……私は銀行の前に縄の一式を並べて、「縄の大売り出し」と掲げた。つまり私のメッセージはこうだ。「ここに来てローンを組むあなたは、〔首をくくるための〕縄もお買いになれますよ」。


V:万一に備えて……


K:万一に備えてだ! すると警察がやってきて、私を逮捕した。彼らは死ぬほどパフォーマンスを真剣に受け取っていた……市の当局が私を刑事告発し、数カ月にわたって訊問のために出廷しなければならなくなった。これは「ボストン市対ミラン・コホート」事件だった。告発側は、銀行の前でモノを売ってはならないという150年前の法律を引っ張り出してきた。150年の間に、その法律が明確に適用されたのはたったの一度だけだ。しかし彼らが、私に対抗する何かを見つけようとしていたのは明らかだ……結局私は無罪となった。私の事件は、ナショナル・パブリック・ラジオも含めた多くのメディアの関心を呼んだ。


V:ミラン、私たちはお互い、世界各地を頻繁に旅しています。あなたは西側の帝国主義から由来する危険について明らかに目にしている。あなたはそうした脅威を真剣に受け取とっていますか? 西側の帝国主義が地球を次第に支配下に収めつつある、それがとてつもない悲劇的結末を招きかねない事実であるというのに同意しますか?


K:まさしく! 私は26年アメリカに住んできたが、それはアメリカの権力が非常に攻撃的になって行く時期を目撃してきたということだ。そして私は、そのことがまったくの論理的帰結であり、東側ブロックの解体と結びついていることに気づいた。共産主義ブロックが崩壊した後、西側世界に反対者は存在しない。反対者の存在しないところに突然現れた巨大な真空に対し、彼らは直に攻撃的ビジネスの利害を詰め込んだ、なぜなら「ピラミッドの頂点」に経済的独裁があることは明らかだからだ。何百万何千万という人々を奴隷にするというとてつもない好機が突然現れた。そして彼らはそれをやってのけた!


V:そしてこの国――チェコ共和国――、私たちが今世界について語り合っている場所は、突然西側体制の一員となった。再び協力関係がはじまった。


K:だがもちろん……


V:もはや、過去に見られたがっていたような、犠牲者ではない……抑圧者クラブの一員となっています。人々はこのことに気づいているのでしょうか? こうした問題に対する話し合いや、討論がなされていますか?


K:学問の世界を含めた一部の人々が、それに気づき始めていることについては私も喜びたい。しかしそれはごく最近の発展だ。そうこうしている間に、この攻撃的な資本主義政権は、ほとんどすべての生産手段を、マスメディアと同じように掌握した。青少年と同じように、彼らは大人も洗脳している。彼らは共産主義時代について歪曲した虚偽をもって人々を脅しつけており、若い頭脳はもちろん彼らに語られるものを信じてしまう。なぜならそれが青少年に与えられている情報そのものだからだ。そして彼らは、こうした青少年たちはとても、ほとんど信じ難いそれによって、洗脳されている! プロパガンダはある種のオーウェル流の定説を創造してきている。つまり「共産主義時代、人々は全身灰色の服装を着て、ゾンビのように街を歩いていくのであった」などと……完全にナンセンスだ! そのようなことはまったくなかった! なぜなら、共産主義下においては多くの側面において、今よりよほど自由だったからだ!


V:それにより喜びがあった……


K:より喜びがあった! 私たちが挙げてきたように、生活の質はより高かった、とりわけこの資本主義的奴隷制と比べれば!


V:しかし今は、グローバルな規模での反対派が存在しています。西側の強権に抵抗している国々の同盟が。ラテンアメリカ諸国、ロシア、中国、南アフリカ、イラン、エリトリアのような小国すら加わっているものです。そしてこの反対派が非常に強大になりつつあります、なぜなら偉大な頭脳たちと、成長している強大なメディアと一緒に、対抗しているからです。私たちもともに、この反対派に参加しています。ここチェコ共和国や、あなたがしばしば教えているポーランドにおいて、西側に加わることで歴史の誤った側に立つことになったということを、人々は認識するでしょうか?


K:一部の人々はすでにそうしている、ただし多数派ではないが。
 ともあれ芸術の話に戻ろう。そうした自覚を創り出すという芸術家の仕事は、大いなる任務である。芸術家は人々を教育しなければならない。芸術作品の美学的、認知的、受容的側面など、すべてクソ食らえだ! 参加する芸術、政治的芸術に戻って行こうではないか、なぜなら今日ほど、それが必要とされている時はないからだ。まだ望みがあるのは、ここ30年にわたって展開されてきたこの破局は、ひっくり返すことが出来るからだ。私たちにとって戦うこととは今や、この地球でまさしく生き延びるために戦うことなのだ!



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わたしは個人的に、この対話を読んでふと、仲井戸麗市の「遠い叫び」という歌の一連のフレーズを連想した(You Tubeではこちら)。すなわち、「自由を高く買わされた気もするが/心まで安く売った覚えはない」といった「叫び」である。確かに東欧の人々は西側諸国のような「自由」を手に入れたかも知れないが、それと引き換えに彼らは多くのものを失ってはいないか。それでもチェコは、この対談によれば、今のところなお社会主義政権時代の制度的遺産のいくつか保っているようだが、おそらく最近において最も「自由を高く買わされた」のはリビアであろう。それを得るために、国家が丸ごと灰にならなければならない「自由」があるとしたら、そのようなものの性質は再考されなければなるまい。この曲はもともとテレビ用アニメーションのエンディングテーマだったらしいが(その作品自体についてはまったく知らない)、このバラードの主人公のアウトロー的人格の枠を超えて、「東欧革命」以降の世界に住む人間の精神を、かなり上手く掬い取った歌詞だと思う。東側だけではない、西側の人間もまた、いまや世界の出来事については「知らないこととは言えないが/片棒担いだ覚えはない」くらいの感覚くらいしか持てないでいるし、そうした流れの結果である「咲き乱れた花」を、摘んでいるのではなく「摘まされる」わけである(注4)。


話を戻して、この「対話」で興味深いのは、「自由」についての様々な概念である。まず、自由民主主義において最重要視されるルールとしての「言論の自由」や「表現の自由」である。別に旧社会主義諸国は、その憲法でこの種の自由を禁止しているわけではまったくなかったものの、それは社会主義の維持の名目で著しく制限され、法として明文化されていない部分における「政治判断」も非常に恣意的であった。それに対して、コホート氏のような人々は、自身の主張や表現を貫徹するための、当時の政権への反対を展開した。ここには、思い切り単純化して言えば、そもそも人間には「自由」が与えられており、それを時流に抗う活動の中で再発見・再獲得していくのだという、ジャン=ポール・サルトル的な意味での「自由」が現れている。確かに、これらの「自由」は非常に重要なものである。


しかしコホート氏は、さらに別の重要な「自由」も想起する。それは、無償医療や教育、あるいは文化助成や公共交通機関の充実といったものがもたらす、「生活の質」の豊かさによって、個人の生活が安定することで保障される「自由」である。その意味において彼は、「全体主義国家」であった共産主義時代のチェコスロヴァキアの方が、流れ着いた西側諸国よりも「自由」であったと断言するのである。コホート氏にとって、資本主義は無数の商品を生み出すが、それは必ずしも「生活の質」の向上と一致していないばかりか、「自由」の概念そのものを貧困化していくものである。社会主義ブロックからの移行で進められた、労働強化と社会制度の解体により、「生活の質」を削減させられ、「資本主義的奴隷制」の枷をはめられるようになったが、この種の「自由」の喪失が、チェコとスロヴァキア(社会主義体制とともに解体した)の両共和国の人々にはなかなか自覚されない。かつては「全体主義国家」が提供していたような、真に必要な「情報」を手に入れ考えるための時間的・経済的な余裕を失っているからである。しかしそれは「歴史の皮肉」と言うよりは、むしろ東側の「社会主義」が消滅したことの「論理的帰結」ですらある―――これに対するヴルチェク氏も、ソヴィエト時代のレニングラード(すなわちサンクト・ペテルブルグ)に生まれ、幼少期を「プラハの春」前後のチェコで暮らし、1980年代にアメリカに渡りジャーナリズムを学んだという経歴を有しており(注5)、自分の経験からこうした問題の所在を把握していると考えられる。


コホート氏の回想には、単に「失われたものは常に美しく見える」的な人情の動きを超えて、自分たちが有していた「自由」の達成が見えていなかったのだという、真面目な「反体制派」の自己批判が含まれているように思われる。ところが知識人や芸術家にとって、コホート氏が西側に逃れたことで再発見した種の「自由」は、必ずしも死活問題にはならない。むしろ彼らは、理念の表象や操作に強くかかわるような高度な頭脳労働が尊ばれる現代資本主義社会においては、一般的な労働者/市民に比べれば何だかんだで楽に社会変化に順応できるし、立身出世のチャンスもそちらでこそ開かれているわけである。かつての「憲章77」の署名者だった人々が、「自分たちこそ共産主義的だった」とするコホート氏に背を向けていること、また彼が慨嘆する「ハヴェルの変節」――わたし個人としては、当初からハヴェルの理論に問題があったと見た方がよい気もするが――も、おそらくそうした文脈から読み解けるものであろう。


もちろん自由民主主義においても、コホート氏が強調する種の「自由」の伝統がゼロというわけではない。少なくとも社会主義勢力の突き上げを食うようになって以降の自由民主主義者は、その「自由」の概念を社会権的側面にも広げるようになったし、現在「自由」の概念の貧困化に最も貢献しているアメリカですら、フランクリン・ルーズヴェルトのような大統領を擁していたことがある。すなわち、彼が提唱した「四つの自由」では、自由民主主義の伝統的概念である「表現の自由」と「信仰の自由」に加え、「欠乏からの自由」「恐怖からの自由」が謳われていた。しかし現在の「西欧の帝国主義」は、最初の二つの「自由」を口実にして、多かれ少なかれ「欠乏からの自由」を必死に獲得しようとする第三世界の諸国を、かたっぱしから潰していると言える。現在のアメリカにルーズヴェルトがいたら、おそらく共産主義者と呼ばれてしまうであろう。また、彼らの現在の対外政策も、軍縮を通じた戦争からの解放という意味を有していた「恐怖からの自由」とは正反対のものであり、むしろそれは「自由」を提供するという名目で行われる「人道的介入」の形をとった「自由の恐怖」を世界に撒き散らしている。こうした「自由」は、人類と長く共存できないであろう。その意味で「我々」には、「自由のために戦う」以前に「どの自由のために」戦うかを改めて吟味し、時と場合によってはある種の「自由と戦う」ことすら必要とされていることを、このヴルチェク氏とコホート氏の対話は示唆している。





(注4):もちろん、このバラードの主人公は「永遠のならず者(たち)」なので、一般的な労働者市民と完全には同一視できない。たとえば最近の衆議院選挙において、自民党やファシスト的諸政党に投票したような人が(棄権の是非については議論の余地がある)、数年後に「何の罪も無いはずなのに/何らかの罰を受けてる」などと泣き出すとすれば、ゲンナリさせられる話ではある。


(注5):この辺りの情報は、ヴルチェク氏が自身のツイッターで最近言及していた、チェコの社会主義系新聞(?)のインタヴューをGoogle翻訳にかけて読み取れた情報による(チェコ語から日本語の置き換えはほとんど意味をなしていないが、英語など他の西洋の言語に置き換えさせると、一応意味の通る文章になる)。ここで披瀝されている彼の家族の歴史それ自体がなかなか興味深いので、英語が大丈夫な方は機械翻訳を頼りに読むとよいかもしれない。




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