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引用(27)

ファシズムも平和なものでさえあれば悪くないんだが、てな考えには、ちょくちょくお目にかかる。あまり知的な考えではないけどね。なぜって、そんなのは、あとで屠殺されさえしなければ、エサでふとらされることも豚にとっては悪くない、というのと同じじゃないか。ナンテナマエダッタッケ〔=ヒトラー〕が失業者たちに戦車や爆撃機や弾薬を作らせたとき、やつは失業問題を解決した、とかいわれた。ただひとつ困ったことに、その結果はおそらく戦争なんだ。同じようにばかげた言いぐさは、資本主義はまあまあだがファシズムは行きすぎだ、てなやつだな。資本主義がファシズムなしに済ませられるものなら、ファシズムはなくて済んでいるよ。あんなものは余計なコブにすぎない、という説もあるけれど、しかし癌というある種のコブをもつ人間は、ほかの点ではまったく健康でも、かんたんに死んでしまうぜ。平和な資本主義という考えは、狂っている。そんな考えからすると、何もかもノーマルに進行し、平和が支配しているのに、とつぜん中断が、困った偶発事故が、戦争が襲来する。豚をふとらせるときと話しは同じさ。いつだってきちんとエサが来るし、からだは清潔にしてもらえるし、ちやほやかしずかれたり写真をとられたりしている、ところがときたま、困った偶発事故が――屠殺が――起こる、というわけだ。


ブレヒト『亡命者の対話』
(野村修訳)


※注釈は〔〕に挿入した。


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