日韓における「学術ロンダリング」

以前わたしは、マキシミリアン・フォートのリビア戦争についての著作を紹介した際、虚偽の情報が情報産業やソーシャル・メディアにおいて相互かつ無批判に転送されていくことで、あたかも真実であるかのようにとらえられていくという、「引用のキャッチボールを通じた疑似情報のロンダリング」が起こっていることについて述べたことがある。マネー・ロンダリングという言葉があるから、「情報ロンダリング」という表現も成立するかもしれないと使ってみたものであるが、最近では学術の世界においても似たような現象が見受けられる。情報産業やソーシャル・メディアを通じて、まがい物が大層なものとして流通していくという点では同じであるが、学術というものそれ自体が高い権威を背負っており、権威を補強する数多くの公的な賞も存在していることから、まがい物の「研究」によって虚偽が定着していくとなれば、単純な「情報ロンダリング」以上の悪影響をもたらす可能性が高い――日本で「アジア・太平洋賞」の特別賞、および「石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞」の「文化貢献部門」の大賞を受賞したものの、出身の韓国では「ナヌムの家」で暮らす女性たちから民事告訴を受け、つい先日は韓国の検察からも刑事告訴を受けたことで再び話題となった、朴裕河『帝国の慰安婦 植民地支配と記憶の闘い』(朝日新聞出版、2014年)などは、おそらくその一典型であろう。


韓国検察の告発に反対する、日本からの54人の声明の署名者には政治家や作家もいるが、中心になっているのは学者である。なるほど、官憲に学術の良し悪しをゆだねるべからずというのはその通りである。しかしそれとは別に、朴氏の「研究」に対しては人文系の研究者や一般読者の側から、多くの批判がすでに出ている。歴史学の雑誌論文もあるが、ウェブ上で見られるものの中では、「歴史修正主義とレイシズムを考える」および「日朝国交「正常化」と植民地支配責任」に掲載されている関連記事が非常に参考になった。両サイトのそれぞれの検証で明らかになる、朴氏の著述における解釈の浅薄さ、資料批判のいい加減さ、論旨の非論理性といったものの数々は、文字通り眩暈を読者にもたらす。頭の先から尻尾まで、というとタイ焼きの餡のようだが、詰まっているのは誤謬ばかりであるからうれしくともなんともない。彼女の著作への批判的指摘の中で、わたしが一番愕然とさせられたのは、彼女の著書の起論の部分における写真の使い方についてである。「慰安婦」問題についての先駆的ジャーナリストであった千田夏光の本から、朴氏は「中国人からさげすまれる、和服・日本髪の朝鮮人慰安婦」の写真を取り上げ、書籍全体のモティーフにしようとしている。しかし「歴史修正主義とレイシズムを考える」の指摘によると、ここで朴氏は「別々の2枚の写真」についての千田の説明を「1枚のもの」として扱っている。それだけではなく、千田の本においてはそもそも、写真に写っている女性が「朝鮮人である」と特定されていないという。千田の著書では「朝鮮人」と限定されていない和装の女性の来歴を朴氏が自分で調べて、そこに映っているのが実は朝鮮人女性であったことを立証しようとしているわけではない。こういう写真の使い方をしていいなら、どんな手前勝手な空想も許されることになる。


ある古典的な写真論は、1956年のハンガリーで撮られた一枚の写真を取り上げ、それを「ハンガリーに侵入したソ連軍の戦車が市民を抑圧する」とするか、「ハンガリー政府の要請を受けたソ連軍が暴徒から市民を擁護する」とするかで、その意味合いが180度変わってしまうという事例を取り上げることで、写真に付されるキャプションの決定的な重要性について述べているが(注1)、朴氏の場合、ことは写真史ないしは美術史といった領域の問題ではなく、あらゆる歴史著述において、こんないい加減なイメージやそのキャプションの扱い方などありえないのではないかということである。。「慰安婦」にならんで大日本帝国の戦争犯罪として問題化される、南京虐殺の蛮行を検討する研究書があったとして、そこで何らかのドキュメンタリー的な意味を有する写真について「誤り」が指摘された場合、どのようなフレームアップがなされるかを考えただけでも、いかに彼女に対する擁護の質が異様かと思ったものである。


朴氏個人の発言の中にも驚くべきものはいろいろ見つかるが、それらからも一つだけ挙げておこう。彼女は「アジア・太平洋賞」特別賞の受賞の際、在日朝鮮人の学者による批判について、「大賞ではない理由がそこにあるのかどうかはまだわからない」と自身の「フェイスブック」のページに書いたそうである。これには腰が抜けそうになった。世の中には様々な学術の大賞があり、そうした大賞に付随する次点的な賞や残念賞の類もまた多数存在している。しかし、後者に属する何かを受賞する際において、「私の研究は本来大賞を取って当然なのだが」とでも言いたげに受賞者自ら吹聴するという光景を、諸君はこれまでに見たことがあるだろうか? もしそのようなことを本気で思っていたとしても、普通はそれを表には出さないであろう。何も知らない第三者がそんな発言を見たら、「何て傲慢な奴だ」「自意識過剰も甚だしい」と思われるのではないかという、常識的な推測ないしは狡知が働くからである。さらにこうした発言は、審査員の側から「次に大賞をあげるのは君だ」という密約でもあったかのように読めてしまうという意味でもまずいのではないか。今年9月、佐藤春夫に太宰治が芥川賞を懇願する内容の手紙が発見された(太宰のこの手の情けない書簡は10年周期で発掘されているような気がするのだが、それはさておき)というニュースがあったが、彼女の受賞に際してもそうした「文壇政治」的なやりとりがあったのではないかと疑わせるものであろう。


日本からの54人の声明の署名者に、たとえば中島岳志と馬場公彦の名前が出てくるのには、岩波茂雄についての非学問的極まりない本の著者と編集者であるから、さもありなんという感想しかない。しかし一方、岩崎稔とか本橋哲也とか、明らかに左派的立場にありそうした本の翻訳でも知られる人物の名も見受けられる。この辺りからは、もう一つ想起される話がある。ホロコースト否定論的な言説によってフランスのリヨン大学を罷免されたロベール・フォリソンが1980年に出版した著作に、かのノーム・チョムスキーの手による「言論の自由」を主張した一文が「序文」として掲載されたことが、米仏の知識人界で大問題となった、いわゆる「フォリソン事件」である。弁明を求められたチョムスキー氏は、自分はフォリソンの著作の内容については一切言及していないし、むしろフォリソンやフォリソンの批判者たちの両方について「何を書いているかよく知らない」といった発言をして、さらなる物議を醸した。


この「フォリソン事件」は、「チョムスキーの過ち」を論難したい反動的諸勢力によって、彼による「ポル・ポトの擁護」とならんで昔から何度も利用されてきたものである。後者は、1980年前後の「ポル・ポト派のカンボジア国民の虐殺は人類に対する犯罪」といった種の弾劾に対する彼の応答から生まれたものであるが、実際の彼の「擁護」は「西側の植民地主義の問題をも視野に入れよ」という内容しか持っていない。すなわち、ポル・ポト派の恐怖政治だけがピックアップされる一方、同じ東南アジアの東ティモールの状況などがまったく無視されるのはおかしい。同時に、ヴェトナムに対する規模にも劣らない米軍の激しい空爆で多くのカンボジア人民が殺害され、その国土もすでに破壊されていたことは忘れてはならないし、そうした軍事介入によって、王統派にせよ各種左翼にせよポル・ポト派以外の勢力が権力を保持ないし奪取する可能性が次々と消されていったのだ――こうした彼の主張は、恐るべき事件を理解するための一定のパースペクティヴを与えると同時に、単なる左翼嫌悪ならびに個人や集団の「狂気」の問題に話題を収縮させないという意味でも、検討に値するものである。


しかし「フォリソン事件」の方に関しては、今振り返ってもチョムスキー氏の側にも明らかな問題があったとわたしは考えている。困惑を覚えさせられるのは、彼の「読んでいないが」擁護するという発言である。なぜならそれは、何らかの問題の専門家・知識人ではない労働者/市民も、一定の情報・資料を収集しそこから論理的推測を働かせるという条件において、悪しき体制に奉仕する専門家・知識人の虚偽言説を暴露できるし、そうしたことから社会の公論は築かれるべきであるという、彼の日常の主張にそぐわないものであったからである。1980年前後のチョムスキー氏が「ポル・ポトの擁護」を含めて、「チョムスキーつぶし」を目的とした誹謗を広く受けていたのは事実であるが、こと「フォリソン事件」における彼の一連の振る舞いは擁護しがたいものであるし、「読んではいないが」は確かに失言であったと思われる(注2)。


ただし、チョムスキー氏の「序文」は、「20世紀のフランス文学と原典批判において尊敬を受けている」教授などとフォリソンを紹介しているものの、ユダヤ人虐殺をテーマとするフォリソンの著作の内容の評価には、確かに踏み込んでいなかった。そのため、彼はひとまず「言論の自由」のみを問題にしているのだと言われれば、純粋な理屈としては一応成立している。もちろん彼の名声をもってして「序文」を書くこと自体が、フォリソンへの「評価」を示すと捉えられうるし、実際そうした批判を受けた際、「読んではいないが」という無責任にとらえられても仕方がない応答をしたことにより、反動勢力のみならず思いもよらぬ側からも(正当にも)再反撃を受けることになったわけである。しかるに、アメリカおよびNATO諸国の軍事外交をチョムスキー氏なみに強靭に弾劾することもないこの54人は、声明文の中で朴氏の作品の内容にまで踏み込み、その価値をしごく高いものとして評価している。「「従軍慰安婦問題」について一面的な見方を排し、その多様性を示すことで事態の複雑さと背景の奥行きをとらえ、真の解決の可能性を探ろうという強いメッセージが込められていたと判断する」、「「帝国主義による女性蔑視」と「植民地支配がもたらした差別」の両面を掘り下げ、これまでの論議に深みを与えました」といった声明文の箇所は、はっきり朴氏の著作の内容を保証していると見てよいだろう。


とすると彼らは、ウェブならびに歴史学の専門誌上で大量に問題にされている朴氏の著述内容の各部分について、それらの多くが(主要なものだけでよいので)誤りでないことを――日韓の「和解のために」なるマジックワードに頼らず――彼らなりに立証する義務が生じるのではないか。35年前のチョムスキー氏とは違って、著作の内容について触れているこちらの54人は、「学問の自由」を享受している人々として、朴氏の著作を読んでいなくてはならない。ただ、これだけの誤りの可能性が指摘されている著作を、全員が全員きちんと読んだ上でそのまま肯定しているとは思われない。「読んではいないが」より「読んでいたフリをしていましたが、実は読んではいませんでした」と後から言いだす方がヒドいとは思うが、彼らの中で「読んでいたフリ」の人がいたら、早いところ告白したほうがいい。批判者たちのブログを読めば、かの本の「学問性」を立証する方が、よほど作業としては大変になることは明らかだからである。


もちろん、一般的な労働者/市民よりは相対的に多くの読書時間を持ちうる人種とて、どんな本でも読書百遍とはいかないことくらいは想像できる。流し読みで自分の関心のある部分だけを拾ってしまい、著作全体に通底する非論理性を見逃したということはあるだろう(かの著作の批判者たちはいずれも、そうした読まれ方を安易にされやすいところも問題なのだと指摘しているのだが)。ゆえにか、声明文では「同書の日本版はこの秋、日本で「アジア太平洋賞」の特別賞と、「石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞」を相次いで受賞しました」とわざわざ強調することによって、「学問性」について裏書きしているのである。私たちは何か見逃しているかもしれないが、二つも賞が与えられたのだからまさか間違いもあるまい、ということだ。彼らの声明文は、二つの賞に加えて、朴氏の「学問性」にさらなるお墨付けを与えることになる。そしてそれを受けた韓国における朴氏の(おそらくは素朴な)支持者たちの方でも、「日本で賞を受けている」ことと合わせて、「日本の(進歩的?)知識人が支持している」ことをもって朴氏を擁護する根拠にすることが出来るようになった。ここまで来れば、彼女の著作の内容を再検討する必要もなく、「日韓の連帯」のアーチもつくられメデタシメデタシということか。しかし記念碑であれ建築物であれ、ボロボロな土台の上に堅固なものが建つことはありえない。実際に朴氏を通じて日韓の間でつくられつつあるのは、両国の労働者/市民の友好の礎などではなく、「リベラル」ないしは「左派」として定評のある学者が中心となった、大がかりな「学術ロンダリング」のための国際シンジケートに他ならないのである(注3)。





(注1):ジゼル・フロイント『写真と社会』(佐復秀樹訳、御茶の水書房、1986年)


(注2):「フォリソン事件」の際のチョムスキー氏への批判としては、ピエール・ヴィダル=ナケ『記憶の暗殺者たち』(石田靖夫訳、人文書院、1995年)、松浦寛『ユダヤ陰謀説の正体』(ちくま新書、1999年)を参照。逆にチョムスキー氏の応答を擁護するものとしては、ロバート・バースキー『ノーム・チョムスキー 人と学問』(土屋俊・土屋希和子訳、産業図書、1998年)という伝記があるものの、こちらは訳者陣が自ら「評伝である以上、チョムスキー自身の言葉以外からの裏付けが必要であったと思われる」、「原著者がややもすればチョムスキー礼賛に終始することもあり」などと漏らすほど聖人伝的色彩が濃い。わたしは「フォリソン事件」があっても、チョムスキー氏から学べることはいくらでもあると考えるし、「弘法にも筆の誤り」的現象として理解しているのだが、彼の信奉者にとってはそうはいかないようである。


(注3):と、比喩的に書いていたところ、『毎日新聞』のウェブ版に2015年12月3日づけで掲載された朴氏へのインタヴューによれば、彼女の方ではむしろ、韓国で自分が起訴されている背景には在日朝鮮人によるシンジケートが動いているのだと思っているらしい。そのうち「コミンテルンの陰謀」とか真面目に言いだすのではなかろうかと心配になる。




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